第一章、嵐の夜の出来事 困った。どうやら道に迷ったらしい。 稽古の帰り。決戦を前に張り切り過ぎて、僕は帰りが随分遅くなってしまい、最後の一人になってしまった。 「こんな事なら、皆と一緒に帰ればよかった…。」 少し後悔した。 それに、帰りの方向は間違ってない筈なのに、行けども行けども少しも帰り道が見えて来ない。 一年振りとはいえ、もう何年も通い続けた鳴鏡館の周辺だから、間違う筈などなかった。それなのに…。 と突然、まるでバケツを引っ繰り返したかのような大雨に僕は襲われた。 「う、嘘だろ。昼間はあんなに晴れてたのに…。幾ら夏には夕立が起き易いからっていっても、これは異常だよ。それに、夕立には少し時間が遅い様な気がするし…。」 傘など持って来てなかったから、慌てて鞄を頭の上に乗せた。 が、まるで意味がなかった。髪、眼鏡、Tシャツ、ジーンズ、それに下着まですぐに、まるで服のまま泳いだかの様にずぶ濡れになった…。 そうして暫く歩いて行くと、少し遠くの方に踏鞴神社が見えてきた。 「どうしよう、このままじゃ…。そうだ、この近くに、確か御門さんの家があった筈。訪ねて行って傘でも借りて、道を聞こう。」 この時、神社に行って神主さんに聞く、という手もあったのだが、僕はそうしたくはなかった。 実は、僕は少し…いや、とても御門さんに会いたかったのだ。迷惑なのは分かっているけど、それでも、ほんの少しでいいから、彼女の顔が見たかった。 御門さんから連絡を受けた時僕は、鳴鏡館の危機だから、それとこの一年の僕の修行の成果を試したかった、という理由で此処に戻って来たのだが、それよりも僕は御門さんに会いたかったのだ。 昔隠し撮りした写真はいつも肌身離さず持っていて、時々…いやよくこっそり一人で眺めていた。それに、眺めるだけでは飽き足らず、僕は…。 ああっ、御門さん…! 「辰美くん、どうしたの?そんな所で。」 振り向くと、御門さんが居た。僕は嬉しさと驚きで固まってしまった。 御門さんは、赤い唐傘にTシャツとジーンズという、何とも不思議な格好をしていた。 だが、普段稽古着か着物姿しか見てなかった僕は、見慣れぬ御門さんの姿に、ドキドキしてしまった。Tシャツにジーンズという、何ともシンプルな姿だが、それでも腰や足や胸のラインに言い知れぬ女の色気が漂っていて、とても素敵だった。 知らなかった御門さんの魅力を、僕は又一つ発見してしまった。 御門さん…何て美しいんだ。 「貴女こそ、どうしたんですか。こんな遅くに一人で出歩くなんて、危ないですよ。」 「う…うん。ちょっとね…。」 少し答え難そうにしている…。 まさか、誰かと密会?!いや、まさか、まさか、嫌だっ!ああっ!御門さん…! 「それより、ずぶ濡れじゃない!家に来なさいよ。取り敢えず、その濡れた服、着替えなくちゃ、風邪ひいてしまうわ。ね?」 えっ?服を着替える?!そりゃ、確かに御門さんの家を訪ねる積りだったけど、服を着替える、なんて…。余りの急展開に、僕は少しパニックになった。然し… 「いいですよ。大丈夫です。平気です。それより、道が分からなくなって…。教えてくれませんか。」 僕の理性が勝手に答える。 「駄目よ。大事な決戦の前に、風邪引いてる場合じゃないでしょ。お願い。ね?」 そうだ。それもそうなんだ。今此処で四の五の言ってる場合じゃないのかもしれない…。 「すみません。じゃ、お言葉に甘えます。」 「はい。」 傘を差し出してくれた。だが、一本しかないので、当然、相合傘状態になる。 近付く、御門さんの首筋…。仄かに、女の匂いが漂ってきて、僕は軽い眩暈を覚えた。 だが、すぐに彼女は僕の手を取って小走りに走り出した。 (御門さんが、僕の手を握ってる…!) 初めて触れた御門さんの手の柔らかい感触に、僕の頬は紅潮して、頬に掛かっている雨が蒸発してしまう程だった。 五、六分程だったろうか、割とすぐに着いた。 山の中の割に、近代的な造りである。 「さ、入って。」 御門さんに促されるまま、僕は失礼して上がらせて貰った。 「ちょっと待ってね。」 奥の方で何かごそごそしている。 暫くすると、手にバスタオルと着物の様なものを持って来た。 「これ、バスタオル。で、着替えなんだけど、男物は家にはこれしかないの。御免ね。浴衣…だけ。流石に下着とかは…無いから…御免ね。」 何だか少し恥ずかしそうにしている。少し恥らう御門さんも素敵だ。 「すみません。お借りします。」 そう言って僕はバスルームまで案内して貰い、中に入った。 それにしても、全身本当にずぶ濡れだ。気持ち悪い。 さっさと全部脱ぎ捨て、僕はシャワーのコックを捻った。 これ、このバスルームをいつも御門さんが使ってるんだ。そう思うと僕は、想像力と、前が、膨らんだ。 僕は、夜になる度想像力の鬼になる。 そう…悲しい事に僕は想像するしかないのだ。 御門さんの、アノ時の声、顔、括れた腰のライン、カモシカの様な長い足…僕だけに見せる、甘えた笑顔…僕を呼ぶ、甘く柔らかで美しい声…豊かに実る胸の果実…ああっ!堪らないっ! …然し、僕はふと現実に戻った。待てよ、あの浴衣…どうして御門さんの家に、一人暮らしの女性の家に、男物なんてあるんだ?一体誰のだ?まさか、恋人…の?そんなものいるなんて聞いた事ないし、見た事もない。だけど、この一年で…もし、そうだとしたら…! 僕は、悶々とした。バスタブに浸かりながら、勝手に想像の男に嫉妬した。正直言ってそんな曰く付きの、得体の知れない浴衣なんか着たくなかったが、まさか彼女の前で素っ裸になる訳にもいかず、渋々浴衣に袖を通した。 バスルームから出ると、御門さんはテーブルに夕飯を用意して待っててくれていた。 「辰美クン、お腹空いてない?よかったら、一緒に食べない?私もうお腹ペコペコ。」 「すみません…。でも、いいんですか。僕、こんなに甘えて…。」 「いいの。いいの。いつも一人で食べてるから、淋しいのよ。」 本当に御門さんは優しいなあ、と僕は感動していた。 そう、御門さんは、誰にでも優しい、誰にでも親切だ。そう、どうせ、唯それだけなのだ。 親切だから、僕に優しくしてくれる。唯、それだけ…そう思うと、僕は堪らなく淋しくなった。 (御門さん…僕の、この想いが貴女に届くのは、報われる日は、来るのでしょうか…) 御門さんはとても親切な女だ。そしてその親切心から、身も知らぬ外国人の男を助けたのだ。 その行為に、僕がどれだけ嫉妬を感じているか、どれ程辛く、惨めな思いをしているのか、彼女は知る由もないんだろう。 御門さんに親切にして貰えば貰う程、僕は暗く落ち込んで行く…。こんなに優しくして貰っているのに、僕は罰当たりな男だ。 でも、僕は御門さんより六つも年下だから、好きだなんて言っても、どうせ相手にして貰えまい、と思っている。 御門さんは美人だ。男なら、誰でも…。 「どうしたの?辰美クン…食べないの?」 心配そうに覗き込む。どうやら僕はかなり暗い顔をしてしまっていたらしい。 「す、すみません。頂きます。」 「所で、ねえ、どうしてあんな所でうろうろしていたの?何かあったの?」 「実は、変なんですよ。僕、別に方向音痴っていう訳じゃないのに、行っても行っても先に進めなかったんです。おかしいですよね。幾ら一年振りだからって。まあ、前より街灯が少なくなって更に暗くなった様な気はしたんですけど。それに、突然大雨になっちゃうし…。」 「そう…やっぱり…。」 意味深な事を呟く。僕は気になった。 「何か知ってるんですか?」 「え?あ、原因は分からないんだけど、最近こういうの多いのよ。だから、その為に神社に残って、で、こんな時間になっちゃったの。だから、明日は、きっと大丈夫だと思うわ。」 御門さんは何か隠している、と僕は思った。だが、きっと僕に余計な恐怖を与えまいとしてそうしてるんだろう、と僕は思った。 「でも…今夜は…きっと此処から動けないわ…。」 御門さんが、ゆっくりと窓の方を見た。酷い嵐である。当分止みそうにないな、と僕は思った。山の中であるから、雷の音も酷い。こんな嵐は生まれて初めてだ。 「貴男は、今夜は此処から動けないわ…。泊まっていきなさいよ。私なら、平気だから。」 その言葉に、僕は思わずゴクリと喉が鳴った。御門さんは、親切なのか無防備なのか判らなくなる女だ。僕は思った。 それとも、僕を子供だと思っているのか、それとも、誘惑しているのか…? まさかな。前者に決まってる。やっぱり子供扱いされているのだ。 僕は、少しショックだった。 「そ、そんな、悪いですよ。…あっ、神社が近いんでしたら、そちらで寝かせて貰いますから…。」 声が上擦る。動揺を隠せなかった。 御門さんは、僕を、真っ直ぐに見据えている。 何もかも見透かしている様な瞳に、僕は戸惑った。 「駄目よ。少し外に出るだけでずぶ濡れになっちゃうわ。…ね、うち、ベッドは一つしかないから、ソファしかないけど、それでもいい?」 と言ってタオルケットを持ってきてくれた。 「はい。これ使ってね。そういえば、私も足の方ずぶ濡れだった。私もシャワー浴びてこようっと。あ、食器はそのままにしておいて。後で私が片付けるわ。」 と言ってバスルームに消えてしまった。 どうしよう。こ…此処に泊まるなんて、そんな事をしたら、僕の理性はもたない。いや、別に何かできる訳じゃないけど、まず眠れないだろう。 爆発しそうな心臓を手で抑えながら、落ち着け、落ち着けと念じた。すると、少しだけど落ち着いてきた。 だが、その落ち着きはすぐに何処かへ行ってしまった。 今、御門さんはバスルームに居る…という事は、当然服を着てはお風呂に入れないから…。 僕は、又妄想に取り付かれてしまった。 一糸纏わぬ御門さんのあられもない姿…その姿が、数歩先にある…! そう思うだけで僕は…僕はとても辛くなった。 辛い。これは…辛すぎるっ。まるで拷問だよ。これは。 一瞬、覗こうかなとも考えたが、いやいやそんな事をしたら嫌われるではないか、そんな事にはなりたくないので僕はじっと我慢の子だった。 そ、そうだ、食器を洗おう、何かしていないと、僕は、前が膨らみ過ぎて痛くなる。 洗い終わって、僕はタオルケットを持って、ゴロっと横になった。すると、疲れからか、知らない間にウトウトしてしまった…。 |
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