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 第三章、身体の快楽、心の空しさ

 

その日、次期師範代を決める話し合いがあったが、僕はまるで集中できなかった。

何だかサザンカさんが次の師範代になると言い出して皆の反対を受けていた様だった。

 (相変わらずだな、あの人は。)

 それにしても、御門の隣にはぴったりと寄り添う様に墨流さんが居る。二人、とても仲良さそうに話をしている。

その逆隣に、風閂さんが難しそうな顔をして腕組している。

 …一体あの夜は何だったんだろう?僕の欲目が見せた幻だったのか?

今となってはそうとも思える。

いや、実際には現実なのだがそうとも思える位皆の前では御門さんは相変わらず遠い存在だった。

 

話し合いは又今度という事で終わった。

とその時、帰ろうとした僕の肩を叩く人がいた。振り向くと、御門さんだった。心配そうな顔をしている。

 「どうしたの?何だか元気ないみたいだけど…。悩み事とか…あるの?よかったら、話してみてくれない?」

 僕は、どうしようかと考えた。僕が捨陰党総帥の息子だと知ったら、僕は嫌われるかもしれない。だけど、御門さんの心が僕になかったら、どのみち一緒だ。

だったら、いっその事はっきり嫌われた方がスッキリするというものだ。それに、僕はもう、苦しくて辛くて誰かに話してしまいたくなっていた。

 「あの…此処じゃちょっと…。他の人に聞かれたくないんで…。」

 「じゃ、家においでよ。私はまだやらなきゃいけない事があるから、先に行って待ってて。」

 しまった。二人きりになったら又僕の理性は何処かへ行ってしまうかもしれない。僕は気持ちを伝えられないまま、御門さんの心が誰にあるのか分らないまま、もやもやとした、片恋のSEXをしてしまうかも…。

僕は、御門さんが好きだから、正直言って彼女が欲しい。抱きたい。口付けしたい…

でも、もしそれが叶っても、彼女の心が僕にないなら空しさは増すだけだ。身体の快楽と、心の空しさが、僕の心を引き裂いていく…。

 やっぱり、御門さんの家に行くのは止めた方がいいのかも。でも、何もないかもしれないし…。御門さんが僕の事等何とも思ってないなら、この間の様な状況でない限り、僕には近付く事もしないのではないだろうか。

唯、話を聞いて貰うだけ。唯、それだけだ。

 

そう思って僕は、彼女の家の前まで歩いて来ていた。するとすぐ、向こうから御門さんが走ってきた。

 「御免ね。待った?」

 「いいえ。僕も今来たばかりですから…。」

 

上がらせて貰って、僕達はキッチンのテーブルに向かい合って腰掛けた。

 「御門さん、何を聞いても驚かないで下さいね。」

 僕は、覚悟を決めた。

 「え?ええ。私、ずっと心配していたのよ。あの日、貴男が蛇恍院から帰って来た時から元気なかったみたいだから…。どうしたの?一体何があったの?」

 「…僕…僕は…僕は…英雄なんかじゃないんです…!僕は…僕は父を…斬ってしまった男なんです…!」

 「えっ?!」

 「あの、捨院党総帥は、僕の父だったんです!僕は、その事を知らなくて、戦って…。その後で父さんが自分の身分を明かしてくれたんです。僕は、僕の家は物心ついた時から父さんがいなくて、父さんの事は何も聞いてなかった…。僕は、英雄なんかじゃないんです!僕は、自分の父を斬ってしまった…!父さんに、可哀想な事をしてしまった。僕は、僕は…。」

 情けない、と思いつつも、僕は涙をはらはらと流してしまった。

 …きっと御門さんは呆れているだろう。驚いて、呆れて、僕を嫌いになって、きっと唖然としているに違いない。

…でも、いいんだ。これでいい。御門さんの心が貰えないなら、いっそ嫌われた方が…。

僕はかなり自虐的になっていたらしい。

だが、次の瞬間、僕は御門さんにぎゅっと抱き締められた。

 「御門さん…?」

 「可哀想に…。ずっと独りで悩んでいたのね…。貴男は真面目だから、誰にも言えずに独りで戦っていたのね…。辰美クン、貴男は悪くないわ。だって知らなかったんですもの。それに、貴男の父様も最期に立派な剣士になった息子の姿を見る事が出来て幸せだったと思う。それに、その強くなった息子に倒される事を貴方の父様は望んだんだと思う。そうでなければ戦う前に自分が父親だと告げていた筈よ。自分と自分の息子とであの戦いを終らせる事を選んだのよ。きっと満足して逝った筈だわ。これは、貴男の父様の望んだ事なのよ。だから、貴男は悩む事ないのよ。…それより御免ね。私が貴男をこの戦いに呼んだばっかりに貴男をこんなに苦しめる事になってしまった…。御免ね…。」

 何か熱いものが僕の上に落ちてきた…。涙だ。もしかして…僕の為に泣いてくれているのか…?

その心は、唯の優しさなんですか?それとも…?

 ぽたぽたと御門さんの涙が落ちて来る度に、僕の心は癒されていった。そして…甘い香り。柔らかな胸と腕の感触…。

駄目だ…僕は又、彼女が欲しくなってしまった。

 「御門さん…。僕が嫌いになったでしょ。」

 「どうして?」

 「僕が、捨陰党の血を引く人間だから。」

 「そんな事、関係ない。貴男の身体にどんな血が流れていようと、貴男は鳴鏡の人間よ。それに貴男も、鳴鏡としてこの戦いに参戦してくれたんでしょ?だったら、関係ない。」

 何故だろう?御門さんと居ると、心が清くなっていく。落ち着く。

 最も僕の下半身はそうではないが。

そうだ。僕の息子は、又むくむくと頭を擡げ、元気になってしまった。困ったヤツだ。少しは大人しく出来ないのか。

半ば呆れながら僕はこう言った。

 「御門さん、有難う御座います。話を聞いてくれて。でもそろそろ離れてくれないと、僕は、僕は、又我慢出来なくなってしまう…。」

 この時も、結構痛かった。血が、集まり過ぎて、ジンジンしているのだ。痛い。痛すぎて、辛すぎる。

 僕は、御門さんがすぐに僕を離して、帰すものと思っていた。

所が…離す所か、抱き締めているその腕の力が強くなっていった。

 「駄目ですよ。…離れて下さい。どうなっても…知りませんよ。」

 僕は…限界を突破した。ああ、又、空しいSEXに溺れてしまう…。

迷いつつも、僕は御門さんの長い黒髪に絡め取られたかの様に、心も、身体も、彼女の虜になってしまったのだ。彼女の心が判らない…。訊きたいけど訊けない。

恋心と欲情が強くなっていくのと同時に、僕の心は空しさを増していった。

 好きです。貴女の為なら僕は死ねる。

僕は、僕はこんなに思い詰めているのに…。

 僕は御門さんを抱き上げ、ベッドに連れて行った。優しく横たえさせる。

 彼女、彼女の身体は今、僕のもの。でも、心は?

何故、さっきは僕を離さなかったのだろう。まだ、恐い夢でも見るのだろうか。それで、慰めが欲しくて、僕の心と身体を使っているのだろうか?

それとも、淋しいのは、身体…?僕は、唯淋しさを埋める為の道具?それとも…?

駄目だ。又期待してしまう。それだけはよそう。好きだから。本当に、好きだから。

 御門さんの顔を見ると、何故か切なそうな、戸惑って様な、辛そうな顔をしていた。

 「御免ね。辰美クン…。」

 どういう意味だろうと僕は思ったが、その意味を聞くのが恐かった。僕の、一番聞きたくない言葉を聞いてしまいそうで。

 「御門さん、僕が…欲しいですか…?」

 御門さんは、カアッと顔が赤くなったが、すぐ頷いた。

 「何故、ですか?」

 訊いた後で、しまった、と後悔した。答えて欲しくない。

 「訊かないで…。お願い…。」

 やっぱり…。きっと、言い難い理由なのだ。そう、僕が傷付いてしまう様な。答えてくれなくてよかった、と僕は胸を撫で下ろした。

 互いに互いの服を脱がし合って、僕達は下着姿になった。真っ白な彼女の下着が、何だか僕には眩しかった。下着姿も乙なものだ。

 キスを交わしながら、僕達は抱き合った。

 僕の、この一年…本当はもっと前からだが、鍛えに鍛え抜いた逞しい両腕が彼女の細い腰に絡み付く…。

 僕は、ブラのホックを弄りながらどうやって外すんだろうと悩んだ。すると…

 「こうするのよ。」

と言って教えてくれた。

 御門さんの、大き過ぎもなく、小さ過ぎもない、丁度いい大きさの、形のいい胸が露になった。僕は二度目にも拘らずドキドキした。

ああっ。御門さん…。貴女はまるで天使の様だ…。

 裸になった彼女の胸が、僕の胸にぴったりとくっ付いた。抱き締められたのだ。

 「辰美クンの胸…厚くて、大きくて、逞しくて…素敵よ。」

 と、次の瞬間、僕はピクッとなった。御門さんの舌が僕の胸を撫でていたのだ。

優しく、ゆっくりと、まるで彼女の心の様にとても優しかった。

そして彼女は僕の下着を脱がし、僕の一番敏感な所にキスをしてくれた。それだけで、僕はもう達きそうになってしまった。これ以上、柔らかい優しい唇で愛撫されたら、きっと終ってしまう…。

 「駄目です…。離して下さい。」

そう言うと、御門さんは又僕に抱き付いてきた。

 「辰美クン…。」

僕の耳元で、熱い吐息で囁いた。

 今度は僕が、彼女の最後の一枚に手を掛け、全部脱がした。 

 …蝉の声が煩い。窓を閉めているにも拘らず相当な煩さである。

そうだ、今は昼間なのだ。でも、僕達にはそんな事関係なかった。

 僕は指で御門さんの一番大事な部分を辿った…。彼女の湖は、豊かにその水を湛えていた。

少し触れただけで、ねっとりとそれは指に絡み付くのだ。

…どうして、こんなに…?女の人って、こういうものなのかな。…誰でもいいから、慰めてほしかったのか…?身体の寂しさに耐え切れなくなったのか…?僕じゃなくてもいいって事か…?

彼女は、誰を、愛してるんだ?

 僕はふと、この間の浴衣を思い出した。あの浴衣の主…それこそが彼女の想い人…?僕は、ソイツの代わり…?

 これは、飽く迄僕の想像に過ぎなかったが、可能性としては有り得る。この間も、まさかソイツの事を考え、想いながら僕に抱かれたのか…?

もしそうなら、と思うだけで僕の空しさは又又増していった。

そして今、見も知らぬ浴衣の主に、僕は強烈な嫉妬を覚えた。そしてその嫉妬は、僕を謀らずも少し暴力的に変えた。

 僕は、見も知らぬ男に嫉妬を覚え、僕を見てくれない御門さんに、彼女の事が好きなのに、憎しみを覚えていた。

 愛しているから、優しくしたい…でも、彼女の心は僕にはないと思う…その、交錯する思いが、僕を狂わせ、僕はいきなり僕のコイツを突き立ててしまった…。

僕のナニは、彼女の内部で、激しく狂喜した。

イキナリ挿れたからか、彼女は一瞬痛そうな顔をしたが、だがそれもすぐ悦びの表情に変わった。

 (誰を、想っているんだ…?!僕を、僕だけを見て欲しい。例え、貴女がどんな男を想っていても、今、貴女を抱いているのは、貴女と繋がっているのは、この僕だ…!!!)

 僕の心、辛くなればなる程、身体の動きは激しくなっていき…僕は、彼女の両足の間に、僕の鍛え上げた尻を、激しく揺らした…。

そして又、空しさと寂しさを抱きながら彼女の身体に僕の遺伝子を注ぎ込んだ…。

 

僕は、いつも思う。御門さんの心が僕のものだったらと。

気持ちを確かめれば…それで終わってしまうかもしれない。そうなれば、僕はもう御門さんの前に平然と顔を見せられなくなる。僕は、弱い人間だ。彼女の気持ちを確かめる事さえ出来ない。

何て臆病な男なんだろう…。

 

 ある日、鳴鏡館の程近い所で一本の簪を拾った。

 「これ、何処かで見覚えが…。」

 そうだ…これは、紛れもなく昨日、髪を上に結い上げた御門さんが付けていたものだった。

 「届けなきゃ…。」

 そう呟き、そして鞄にしまい、道場へと向かった。

僕は、御門さんの姿を捜したが、まだ来ていないらしく、見付けられなかった。仕方がないので、来てから渡そうと思い、そのまま服を着替え、稽古に移った。そうこうしてる内に、拾い物の事などすっかり忘れてしまった…。

 稽古が終わって拾い物の事を思い出した時は御門さんは既に帰っていて後の祭りだった。

 「馬鹿だなあ、僕って…。」

 どうしよう…?

 (明日、明日来た時に、此処で渡せばいい。)

 僕の良心が心の奥で呟いた。確かにそうすれば、拾い物を渡してはい終わり、というだけになる。

 だが、僕は事もあろうに、又御門さんと二人きりになりたいと思い始めていた。

 もう一度、もう一度だけ二人きりになって、そして…そして…どうするんだ、辰美。お前はもう一度あの空しいSEXを味わうのか、刹那の快楽と引き換えに。

 僕は…もうそんなのは嫌だった。僕は、彼女を抱く度に、彼女自身でなく彼女の抜け殻を抱いている様で、心臓を貫かれる様な痛みを心に感じるのだ。

そして、僕は又欲張りになる…。欲張りになって、彼女の全てが欲しくなる…。彼女の抜け殻でなく彼女の奥深い心の全てが欲しくなってしまう。

 でも、でも、僕は彼女と少しでも一緒に居たい。少しでも、話をしたい。笑顔を向けられたい。そして、彼女の香りを身近に感じていたい。そう思うのも事実だった。

 だが、此処鳴鏡館、皆の前では彼女の存在は相変わらず遠かった。御門さんから僕に話し掛けてくれる事など滅多にないのだ。

…以前は、(結局一度きりになったけど)一緒に東京の方まで遊びに行ってくれたりした事があった頃は、少しは話し掛けてくれたりした事もあったのに…。

何だか、関係を持ってから、皆の前ではとても素っ気なくなった様な気がする…。

そればかりか、あろう事か、僕よりも、墨流さんの方が此処では親しく見えるのだ。彼は、彼女の側になるべく居ようとしている。そして、彼女もそれを拒まない…。

僕は、一体御門さんの何なのだろう。もしかして本当にからかわれているだけなんだろうか…。僕には、そう思える。

そう思える程、此処での御門さんの態度は嫌に素っ気ないし、偶然目が合うと、不自然に目を逸らす事さえあるのだ…。僕は、僕はいつも御門さんを見ているというのに。

ああ、僕は本当に片思いなんだ。何て、惨めなんだろう…。

(何言ってんだ、辰美。折角好きな女性を自由に出来るチャンスがあるのに。喜べよ。お前みたいなガキは、少しでも相手にして貰えただけでも有難いと思え。折角女性が身体を差し出すかもしれないチャンスがあるのに、尻込みするな。彼女を、好きにしたいだけ好きにして、飽きたら壊れた玩具と同じ様にぽいと捨てればいいんだ。どうせ彼女も、その積りでお前に抱かれたんだから、お互い様だ。)

悪い心が囁いた。

…違う、そうじゃない。僕は、御門さんを玩具にする積りで抱いたんじゃないんだ…。僕は、僕は、本当に御門さんが好きだから、本当に本気で惚れているから、だから、抱いたんだ。僕達は、そんな関係じゃない!だから…だから、互いに互いの身体だけ慰め合うのは、もう止めるんだ…!

(嘘だね。そんなの言い訳だ。じゃ、お前は彼女の気持ちを確かめたのか?彼女に想いを打ち明けた事があるのか?)

それは…ない。

(だろう?なら、お前達の関係は、一体何なんだ?)

道場では…唯の先輩と後輩…。二人きりになると…。

(二人きりになると…身体だけの関係、セックスフレンドだ。お前達は、そういう乾いた関係なんだ。)

…違う。

(違わないさ。嘘をつくな。)

…嘘じゃない。僕は、僕は彼女を本当に愛している…!

(彼女は?お前を愛しているのか?)

分からないけど…多分、違う。

(ならお前は彼女に玩具にされているのさ。玩ばれてるんだ。彼女はお前の身体を利用して自分の身体を慰めているのさ。)

…。

(割り切ってしまえ。割り切って、お前も彼女の身体を性欲処理に利用しろ。イイんだろ?彼女の身体は…。まだ処女を失くして間もない、締まりのある身体をしているのだろう?彼女の肢体は、極上の餌なんだろ?彼女もそれを望んでいるんだ。お前の、その若い身体で激しく貫かれるのを。彼女もお前の身体が目当てなんだ。こんなチャンス、滅多にないぜ。唯で女性を自由に出来るチャンスなんてな。ヤッてしまえ。今日も、その拾い物を口実に彼女を抱きに行け。…それで十分じゃないか。)

…嫌だ。違う!それじゃ嫌なんだ!僕は御門さんと、そんな哀しい、虚しい、乾いた関係はもう持ちたくないんだ。彼女が、僕の身体目当てだなんて、そんな風には思いたくないんだ。彼女は、そんな女じゃない。僕は、そう思いたいんだ。

だけど…。ああ、だけど彼女の気持ちを確かめるなんて事、僕には出来ない。僕にはそんな勇気はない。僕の目から見ても、皆の目から見ても、彼女と一番親しい異性は、僕じゃなく、あの、外国人の、墨流さんだからだ。きっと、僕なんか、本気で相手なんかして貰える訳ないに決まってるんだから。僕みたいな、六つも年下の子供なんか…。

でも、僕は御門さんが好きだから、勿論、はっきり言って彼女を抱きたいという思いはある。それは、当たり前だ。だけど、こんな虚しいSEXは…もう御免被りたい。

だけど、唯、少し話をするだけ。唯、皆の前では味わえない、御門さんと本当に両思いの様な、本当に親しい様なそういう感覚をもう一度だけ、味わいたい。もう一度、唯、少しでも彼女の近くに居たいだけ。唯、それだけなんだ…。

 

そう、自分の心に言い訳しながら、引き寄せられるかの如く御門さんの家に行き、チャイムを鳴らした。

「はい?」

カチャッと音を立てて扉が開き、中から御門さんの綺麗な顔が出てきた。僕は御門さんのその美しい姿に又…ときめきを感じてしまった。

「…すみません。急に…。」

「構わないわよ。なあに?」

「あの…これ…拾ったんですけど、貴女のじゃないかと思って…。」

徐に鞄から簪を取り出した。

「まあ…!それ…!」

彼女はそれを見ると、美しい顔が益々美しく見えるような、嬉しさ満面の表情をした。

「ありがとう。これ、大事なものなの。失くして落ち込んでたのよ。ありがとう。本当に…。」

「いいえ…。でも、良かったですね。捜し物が見付かって…。」

「うん。ありがと。辰美クンのお陰よ。」

「そんな…当然ですから…。」

ああ、早く此処から立ち去らなければ、又彼女の魅力に逆らえなくなる。

…でも、彼女が僕の事など何とも思ってないなら、唯、ちょっとした間違いであっただけ、なら…もう、僕の身体に興味がないなら…“ありがとう。じゃ。”その一言で終わりになる筈だ。彼女は僕をすぐに帰すに決まっている。そして僕も、すぐさよならを告げなければならない。拾い物はもう届けて、表向きの理由はもう何もないのだから。

でも僕は、折角こんな間近で又御門さんと少しだけど話ができたのだから、もう少しだけでも側にいたい…。もう少し、あともう少しだけでもいいから、彼女の側にいたい。彼女と話をしたい。彼女と…もっと近付いて、そして、そして…口付けを、交わしたい。

…僕は…僕は…又、こんな事を考えてる!駄目だ。そんな事を考えちゃ。

(さあ、さよならを告げろ、辰美。彼女を、又自分の身体で汚さない為に。)

僕の理性が囁いた。

「じゃ、じゃあ…僕…これで…。」

そう言って、後ろ髪引かれる思いで彼女の家を後にしようとした。が、

「あの…これから…その…忙しい…の?」

彼女に呼び止められた。

(辰美、YESと言え!)

「あ…いえ、別に…。」

(何を言ってるんだ、お前は!)

「あの…。じゃ、折角届けてくれたんだし…。その…一緒に夕御飯でも…どう?あの…嫌だったら、いいけど…。」

「そ…そんな、嫌だなんて…。御門さんの作る料理は、本当、最高です。…僕、一人暮らしだから、凄く嬉しいです…。」

ああ、僕は又やってしまった。又、彼女の家に入ってしまう…!僕は、バカだ。彼女の魅力に勝てない…!

「さ、入って。」

僕は御門さんに促されるままご馳走になってしまった。

「あの…度々すみません。前にも…こういう事、あったし…。」

「いいのよ。気にしないで。私も…独りで食事するの、淋しいし。」

僕も…嬉しい。

「ご馳走様でした。…僕、自分で洗いますね。」

そう言って席を立とうとした。

「あ、いいのよ。置いといて。」

「でも…。」

「それより…今からその…よかったら…ちょっと…ドライブでも、いかない?」

「え?」

これは、新展開だ。でも、ド、ドライブという事は、ひょっとしたら、もしかして、デート…ってヤツ?

彼女から誘ってくれるなんて、初めてだ。一度僕が東京のゲームショーに誘って…それから又誘ったけど結局断られたし…。

「あ、御免なさい。辰美クン、疲れてるのに…。」

「い、いいえ、そんな事…。御門さんの美味しい料理のお陰で、僕、元気一杯です。」

「じゃあ…いいの?」

“いいの”だなんて。僕からお願いしたい位なのに。

「じゃ、行こ行こ。…あ、ちょっと待っててくれる?支度してくるから。」

そう言って彼女は向こうの寝室の所に消えていった…。僕はその間に一人暮らしの効果で慣れた手付きでさっさと片付けた。

我ながら鮮やか。

何て感心していたら、背後から彼女の美しい声が聞こえた。

「あ、御免なさい。後片付けさせちゃって…。」

「いいですよ。これ位、当たり前ですから…。」

そう言って振り向いた瞬間、僕は固まってしまった。

彼女は…ノースリーブにミニ丈の、白いワンピースを着ていて、まるで僕だけの為に舞い降りた天使の様だった。髪は一つに結い上げ、耳の前に後れ毛を少し降ろし…その様子はとても…とても…色っぽく、艶やかな女の魅力を十分に醸し出していた。

御門さんって女性は、本当に何を着ても似合う女性なんだな…。暫く呆然と見惚れてしまった。

「さ、行こ!」

 

僕は、彼女に促されるまま、彼女のブルーの車の助手席に収まった。

車内に入ると、ふわりとカーコロンのいい香りが漂ってきて、僕は彼女の腕に抱かれている様な錯覚を覚えた。それに、車内はとても清潔に片付いていて、女の人の車だなあとつくづく実感した。

…僕は以前風閂さんの車に乗せて貰った事があるのだが、彼の車の中は御門さんの車とは大違いで、よく分からないゴミとか工具とかが散乱していて、後ろのシートはそれらを退けないと座れない程なのだ。

「何処行くんですか?」

「ん?いいとこよ。」

彼女はニッコリ微笑んだ。

僕は、車を発進させた彼女を横目でチラッと見やった。クラッチペダルやアクセルペダルを踏む為に足を少し上げる度に、彼女の短いワンピースの端がほんの少し捲れ上がって今にも中身が見えそうになるのだ。

僕は、あんまりジロジロ見るのは失礼なので横目でチラッチラッとしか見るしかなかった…。でも、彼女の足は本当にスラリとしていて美しく、大人の女の色気が十分に醸し出されていた。そして…胸元…ちょっと大胆に開いている胸元には魅惑の谷間がチラリと見え、僕は思わず伸びそうになる手を抑えるのに必死だった。

 

車は、割とすぐに道場のあった山の中から現代を感じさせる人里…街へと向かった。

夜の闇の中で、ネオンや街頭や対向車のライトの中を御門さんとこうして泳いでいると、何だか、二人でシーツの海を泳いでいるかの様な感覚が起きて、僕は、その感覚に酔いしれた。

それから…彼女の美しい横顔を、チラッと見た…。走り過ぎ去る光達に照らし出される、御門さんの横顔…この世のものとは思えない程…綺麗だった。

いつもの、明るい昼間に見る顔や、夜の薄明かりの顔とは違う、不思議な魅力に溢れていて、僕には異世界から来た天女のようにも見えた。

「なあに?私の顔に何か付いてる?」

御門さんは僕の視線に気付いて、ニッコリ笑いながらチラッと僕を見やった。

「い、いいえ、あの…すみません。」

僕は彼女に見惚れていた事を知られて焦って視線を外し、俯いた。

僕のすぐ手の届く所に御門さんの美しい顔がある…。こんな事、昼間の僕には到底有り得ない事だ。昼間は僕は御門さんに近付く事はおろか、口を聞く事さえまともに出来ない。御門さんの周りには常に、まるで腰巾着の様に墨流さんが居るからだ。

今…今だけは、御門さんは、僕のもの。僕の側に居てくれる。僕だけの、シンデレラだ。

だけど、朝が来ればその魔法は解けてしまう。僕だけの為に御門さんに掛かっている秘密の恋の魔法が。このまま時が止まってしまえばいいのに。朝なんか来なきゃいいのに。そうすれば御門さんは永遠に僕だけのものだ。

暫くすると、車は峠道に来ていて、少し上っていくと、ちょっとした広場の様な所に来ていた。

「此処よ。」

僕は彼女と一緒に車を降り、夜景を展望できる場所に歩いて行った。

「ほら、これ!」

「わあ!綺麗…!」

僕は、思わずそう叫んでしまった。そうしてしまう程とても綺麗な夜景だった。まるで宝石箱を引っ繰り返した様な、地上に星が舞い降りたかの様な感じで、街の灯の一つ一つがキラキラと無数に煌めいていて、僕は思わず目を見張った。それに、この大きさ…。百八十度とはいかないまでも、略それ位はあるだろう程、とても広かった。左から右に見渡すと…少し湾曲しているのが分かった。まるで地球が、自分は丸いんだと主張しているかの様に見えた。

「ね、綺麗でしょ?」

「はい。凄いですね。これは…。」

その時僕は初めて気付いたのだが、周りを見渡すとカップルだらけなのだ。どうして御門さんはこんなデートスポットなんか知っているんだろう?と僕はそこまで考えて、あの浴衣の件と墨流さんの事を思い出して暗くなってしまった。

まさか、彼らとも此処に来た事あるんじゃ…?だとしたら、僕は一体何人目なんだろう?

僕は、さっきの感動の反動で一気に落ち込んでしまった。

「?どうしたの?辰美クン…。」

僕が落ち込んでいる様子を見て、御門さんがサンダル特有の音を立てながら近付いてきた…。

そうだ、僕達は周りのカップル達とは違って、別に恋人同士でも何でもない。だから、今迄二人少し離れて夜景を見ていたのだ。

…と、突然ぷちっという音と共に、御門さんが僕の方に倒れ込んできた。僕は思わず彼女を抱き止めた。

「大丈夫ですか?御門さん…。」

「やだ。サンダルの紐が…。」

と、そのままの姿勢で、手でサンダルを弄った。

久し振りの彼女の抱き心地に僕は思わず硬直してしまった。

このまま、離したくない。ずっと、抱いていたい。僕は、僕の理性が少しづつその力を失っていくのを感じていた。

だけど…もし…もし彼女が今すぐ僕を突き飛ばしたり、僕から離れれば、僕はそこからは何も出来なくなる…。だって、僕達は別に恋人同士でも何でもないのだから。それに僕は、別に彼女の身体目当てで誘いに乗った訳ではないのだ。唯、僕は彼女の側に居たいだけ…。唯、それだけなんだ。

(綺麗事だな、辰美。身体目当てじゃないなんて、嘘だろ。)

又、僕の悪い心が囁いた。

(唯彼女の側に居たいだけなんて、嘘だね。お前は彼女を抱きたがってる。)

嘘じゃない。

(じゃ、お前のソコでテント張ってるヤツは、一体何なんだ?)

こ、これは…。

(お前は、所詮本能には逆らえないのさ。好きな女と一緒に居たら、やる事は一つしかないだろ。)

そんな事は…ない。

(又綺麗事か。お前は本当に偽善者だよ。もっと自分に正直に生きれたら、もっと楽になれるのに。)

…違う。違うんだ。僕は、僕は…。

(何なんだ…?お前、彼女が欲しくないのか…?好きじゃないのか?)

…好きだ。

(なら、抱きな。好きだから抱く。…自然だろ?)

確かに、自然だ。僕は…御門さんが…欲しい。心が貰えないのなら、せめて身体だけでも…。

…僕は、遂に僕の心の中の声に従ってしまった。

僕は、御門さんを抱き止めた両腕に力を込めた。…そして、彼女の顎に手を掛け、貪る様に口付けした。舌を激しく突っ込んで、舌先で彼女の舌や口の中を探索した。

僕があんまり激しく求めた所為か、彼女は苦しそうに喘いだ。

「ん…んっ…。」

その所為で、彼女の吐息が漏れ、僕は又、彼女独特の甘い甘美な匂いに酔いしれた。

口付けを交わしながら薄目を開けると、向こうの方で同じ様に口付けを交わしているカップルがちらほら見えた。皆、周りの事など気にならない様子である。

僕は、彼女の胸を鷲摑みにして激しく揉み解し、逆の手を彼女の細く締まったウエストラインを辿って彼女の太股に持っていって、その滑々とした肌の柔らかい感覚を味わった。

すると、彼女は口を離してこう言った。

「辰美クン…駄目…。こんな所じゃ…。それ以上は…無理よ…。此処じゃ…駄目…。」

顔を紅潮させ、瞳を潤ませながらの囁きだった。

もしかして彼女も僕と…したいのか?

(ほら見ろ。彼女もそうして欲しいんだ。期待に応えてやれ。女性に恥かかすな。)

僕の心が囁いた。

「御門さん、僕は…僕は…もう駄目です。今夜も、貴女を抱かないと、僕の心は収まりがつかなくなってしまった…!」

でも、心の中で僅かに残っていた理性が、事もあろうにこう呟いた。

「御門さん…やっぱり、僕とじゃ…嫌ですか?」

御門さんは、答える代わりに首を振った…。

理性は死んだ。

それから僕達は、山のもっと上の方まで車を走らせ、街頭のまるでない、真っ暗な狭い場所に車を停めた。

僕は、さっきお預けになった反動で、運転席側の彼女の身体に激しく覆い被さってしまった。運転席と助手席の間のサイドブレーキとかが邪魔をしたが、僕は負けじと頑張った。

 僕は…今の僕はもう、彼女と一つになる事しか考えられなくなっていた。彼女も、僕の激しすぎるキスに応えてくれた。

お互いに舌を絡ませながら、僕達は獣になった。

そして、思わず力が篭り過ぎて服を引き千切りそうになっている手を、なるべくその力を抑えながら彼女のワンピースの肩紐をずらした。そして、紐のないブラを下にずらし、彼女の可愛らしい桃色の天辺だけ出して思い切り貪った。

彼女の吐息が喘ぎ声が車内に漏れる…。彼女も、快感を感じているのか…。

今…今の僕達はまるで愛欲を貪る雄と雌だ。何故なら僕達は恋人同士…なんていうロマンティックな関係ではないからだ。

僕はもう、空しさや心の痛みを感じる暇もなかった。今は唯…彼女の身体が欲しい。唯それだけだった。唯それだけの、雄になってしまっていた。

 身体を重ねる度毎に愛欲は増し、SEXは器用になっていく。だが、心は相変わらず不器用なままだ…。

僕は、こんな凄い事が出来ても、彼女にたった一言“好き”という言葉が言えずにいるのだ。

僕は何て不器用なんだろう。そして何て愚かなんだろう…。

 僕は彼女のスカートを少し捲って下着の中に無理矢理手を突っ込んだ…。まるで痴漢してるみたいだ。

でも、ほんの少しだけど、痴漢の気持ちが分かるような気がした。何故なら、彼女のココはぬるぬるとしていて嫌らしく、十分に男を興奮させるものがあったからだ。

 彼女のソコの、谷、山…全てに指を滑らせた。谷間から潤いを貰い、その潤いで十二分に彼女の恥部を弄った。

 僕は、SEXの経験はあっても殆ど初心者に近い。だから何処をどう触れば女性が喜ぶのか分からないから、夢中であちこち触り捲った。

 彼女の秘部の真ん中の、くりっとした硬いモノをぐりぐりと弄ってみたり、その両端の柔らかいひだひだをイジメてみたり…どっちにしろ、彼女より僕の方がイってしまいそうになっていた程…怪しい触り心地だった。

 「あ…ああ…ん…!あ…!」

 そう彼女が喘いだので、僕は調子に乗って彼女の奥地にぐっと一気に指を差し込んだ。

 「痛い!」

 そう言って僕の髪を摑んでいる手にぎゅっと力を入れた。

「なら…もう…いいですか?」

「え…何…?」

「もう…いいですか…。僕の…指ではなく…。貴女を…もう…僕のものに…したい。」

 “好きです。御門さん。”

僕は、そう言いたかった。だけど、言えなかった。

 「どう…しよう。」

 「こっち、来て下さい。」

 僕は、彼女の下着をずらして、一気に下まで持っていき、脱がせた。

 「も…もしかして私が…その…上?」

 「嫌ですか?」

 「恥ずかしい…。」

 それもそうかもしれない。周りは確かに暗かったが月明かりが割と明るくて僕達のまぐわいを仄かに照らしていたから。

 「お願いします。こっちに…来て下さい。嫌なら…いいですけど…。」

 「そ…それは…。…分かった。」

 そう言って彼女は狭い車内を器用に移動して僕の方に来た。

 僕達はもう一度見詰め合って、軽く口付けを交わした。

彼女の頬は紅潮してほんのり紅くなっていた。

 彼女は、僕に跨る様にして一気に僕と一つになった。多分…彼女のソコが、凄く潤っていた所為だ。

 彼女の内部は、相変わらず狭く吸い付く様で…僕は蕩けそうになった。

いっその事、このまま彼女と一つに溶け合ってしまえばいいのに。そうすれば、朝が来ようが、何が起きようが、彼女は永遠に僕だけのものだ…。

だけど、それは夢物語に過ぎないのだ。朝が来れば、魔法は解ける…。彼女は又僕の手の届かない女性になる…。

 僕は彼女の首筋にキスマークを付けたくなった。シンデレラのガラスの靴の様に朝になっても消えない僕達の愛欲の証を。朝になって、御門さんが皆の前で澄ました顔をしても、誰の目にもはっきり分かる、僕が付けた夜の痕跡を。

 でも…僕はそんな事出来なかった。彼女を困らせる事になるのが分かっていたからだ。僕は、彼女が好きだから、彼女に嫌われたくない。

 …好きなんだ。誰よりも。…御門さん…。好き…。

 「やっぱり…その…私が…動かなきゃ…駄目?」

 恥ずかしそうに目を逸らしながら言った。

 「やっぱり…嫌ですか…?」

 「だって…その…何か…やっぱり…恥ずかしい…。」

 そう言ってブラを上に上げようとしたので、僕はその手を取ってシートを更に倒し、彼女の手を僕が座っているシートに持っていった。

 「じゃ…ちょっと手を突いて、腰を浮かせてくれませんか?」

 「え…?こ…こう?」

 彼女は、僕の言う通りにしてくれた。何て可愛いんだ。好きだ…。御門さん…。

 僕は、そのまま一気に彼女を突き上げた。すると彼女は高く甘える様な悩ましげな喘ぎ声を上げた。御門さんのどんな声も魅力的だが、この時の声が最高にイイ。この声は二人きり時しか聞けないからだ。

 だけど…この声を聞いた事のある男は、果たして僕だけだろうか?僕が知らない間の御門さんがどんな生活をしているのか、誰と居るのか、僕は全く知らない。

もしかしたら、知らない間に他の男と逢って…もしかしたら僕以外の男とも関係を持っているかもしれない…。

僕はそんな事は考えたくなかった。が、もし他の男と逢っていたにしろ、僕にはそんな事に干渉する権利はない。僕はその事を確かめる事も責める事も出来ない立場にいるのだ。

僕は一体彼女の何なんだ?やっぱり、唯の、淋しさを埋める為の道具なんだろうか。…淋しいよ。

 …ああ、でも、もう僕は止まらないよ。

例え彼女が誰を好きでも、今彼女と繋がっている事は事実だ。…せめて、せめて今だけでも彼女の側に居て彼女を身体で感じていよう。

そうだ、彼女の身体もこんなに…こんなに乱れて悦んで僕を受け入れてくれているのだから…。

 綺麗だ…。御門さん…!

 僕は、ゆっくりとそして激しく彼女を下から突き上げ、揺すぶった。車体がギシギシと嫌らしい音を立てている…。

 そして、僕の目の前には、彼女の豊かな谷間があった。僕はそこに舌を這わせながら、彼女の胸を全て露にした。下から眺めてる所為か、いつもより大きく感じられた…。

そして、僕が、彼女を激しく突き上げる度に、それは官能的なリズムを刻んだ。その豊かな膨らみの桃色の天辺を口に含み、舌で優しく転がした。すると、彼女の声が一層高くなって、僕を飲み込んでいる部位が更にきつく僕を締め付けた…。

彼女も、ぎゅっと目を瞑って、苦しんでいる様な、快感を感じている様な、見ているだけでこっちが先に達きそうな表情をした。

 …ああ、何て色っぽいんだ。

僕は、この表情を僕の瞼の裏に焼き付けておこう。…これで最後になるかもしれないから。

明日の事は、分からない。明日、又僕と二人きりで逢ってくれるなんていう保証は何処にもないから。

だから、僕は彼女と逢う度に心の中のシャッターを一秒毎に切っているのだ。

 僕は、彼女の魅力的な声と、表情と、胸とそして僕を摑んでいる狭く柔らかい感触に、感じ捲って我慢出来なくなって…僕の切ない恋心と一緒に、今夜の二人の愛欲の証を彼女の最奥に証拠として残してしまった…。

 ああ、僕は、又、やってしまった…。

終わってしまうと、いつも空しさと孤独と後悔に襲われる。

確かに、僕は彼女が本気で好きだ。だからこの行為も勿論遊びじゃない。身体の快楽だけを求めて彼女に会いに行った訳じゃない。…唯SEX出来ればよかったんじゃない。僕は、彼女が好きだから、だから一つになりたくなっただけなんだ。

だから、唯空しさだけじゃなく、好きな女性と一つになれた喜びは、勿論ある。

 だけど…だけど僕は彼女の心が分からない。一体誰を愛しているのか、僕の事をどう思っているのか…。僕はそれが聞けずにいるのだ。…傷付くのが恐くて。

男らしくないな。何て根性無しなんだ。僕は。

 …いっその事、当たって砕けろで、自分の想いをぶつけてみようか。結果は関係ない。例え彼女が僕の事など何とも思ってなくても、僕の事を避けようとしても、僕から逃げようとしても…無視して、いっその事、御門さんを僕の部屋に鎖で縛り付けようか。もう、逃げられない様に。もう、他の男に見られない様に。無理矢理、強引に、僕だけのものにするんだ…。永遠に…。

 …僕は何を考えているんだ?そんな事をしたら、確実に嫌われるのは目に見えている。それより、そうなったら既に犯罪だ。彼女も傷付くかもしれない。  

僕は何てヤツなんだ。

…ああ、でも、僕はもう、そうしたい位御門さんを一人占めしたくて仕方ないんだ。もう僕は、それ位彼女に夢中なんだ。切ないよ。御門さん…。

 僕は、彼女の身体を知ってから、以前にも増して彼女が好きになってしまった。

 “逢ひみての 後の心に比べぶれば 昔はものを思はざりけり”だ。

 僕は、唯の門下生で、御門さんは既に免許皆伝の腕前で、話し掛けることすらままならなくて、僕はまるでお姫様に憧れる使用人の様に唯遠くから憧れを抱く事しか出来なかった。それ位、彼女は僕にとってとても遠い存在だった。

唯一度一緒に東京まで行ってくれた時は奇跡としか思えない程の嬉しい出来事だった。それに誘うのも凄くドキドキして心臓が止まる程緊張して、僕にとってはあれさえも一大決心だったんだ…。

 それが、それがこんな間近に居させて貰って、身体まで貰えて…本当なら、これだけでもう満足すべきなのかもしれない。お姫様に例え一時の気紛れでも相手にして貰えたのだから。

 だけど…だけど、僕はかなり欲張りになってしまっている。

…僕は、彼女の身体だけでなく、心も欲しいんだ。彼女の、特別な存在になりたいんだ。皆の前で知らん振りなんていう酷い仕打ちは、もう沢山だ。僕は彼女に男として愛されたいんだ。一人の、人間として愛されたいんだ。彼女の全てを束縛権利を持ちたいんだ。そして当たり前の様に側に居て、当たり前の様に明日逢う約束をしたいんだ。彼女は僕の恋人だと皆に言って回りたいんだ…。

 馬鹿だな、そんな事、無理に決まっている。だって、昼間の彼女の態度を見たら一目瞭然じゃないか。僕は除け者だ。きっと彼女には他に好きな男が居るんだ。僕はからかわれてるだけなんだ。きっと、僕は、僕みたいなガキなんか、本気で相手にして貰える訳ないじゃないか。 

 でも僕は本気なんだ。本気で御門さんを好きなんだ…。だから、抱いたんだ…。

 でも、彼女はそうじゃないに決まってる。何て空しいんだろう。

僕はいつも彼女と逢う度に、逢えた喜びと甘い期待と、そして少しの罪悪感と失望と空しさを味わうのだ…。

 そうだ、今夜の行為だって、心を確かめ合った訳じゃないから、唯の遊びにも見える、身体だけの悦び、空しい悦びに過ぎない…。だから、もうこんな空しい関係は、やめるんだ。

 だが、行ってはいけない、してはいけない、そうすれば又、空しさは増すばかりなのに、なのに、僕は、何度も…彼女の魅力に、負けてしまった。僕達は、人目を忍んで何度も逢瀬を繰り返した。

 だけど…僕は、限界まで来ていた。

彼女の心は違う所にあるのではないか、と思うと、心は氷の様になっていくのだ。SEXの快楽と心の空しさが相俟って、僕は、もう、何も手につかなくなって、心はもう張り裂けそうになってしまった…。

 

 「もう、やめましょう。こんな、事…。」

 僕は、何度目かの逢瀬の後で耐え切れずにこう、呟いた。

 「どうして?私が、嫌いになったの…?」

 「…違います。」

 「私の身体に…飽きたの?」

 飽きるとか飽きないとか、そんな問題じゃないのに。僕は、御門さんが本当に好きだから、今迄抱いてきた。でも、御門さんは“飽きる”なんていう言葉を使った…。

 “身体に飽きる”なんて、まるでお互いを欲望の捌け口にしている様な、そんな言葉を使った事が僕はショックだった。

 やっぱり御門さんは僕を、僕の身体を“飽きる”まで使う積りだったんだ。悪いけど、僕は貴女のペットじゃない。慰めの道具でもない。僕は、僕は血の通った生身の、貴女に最上級に惚れている、一人の、男なんだ…。

 「さようなら。もう、僕は、此処には来れません…。」

 僕は、走り去る様にして彼女の部屋を後にした。走り去る僕の瞳に、涙が浮かんで来て、僕は道に、涙の道標を作った…。

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