第伍章、蛍火の心配
「御門、どうしたのかしら?」
今日は、顔色も悪く何だか元気がない。ワタクシは気になった。
御門には、いつも元気でいてほしい。
今日も皆でこれからの事について話し合いがある。それで皆集まった訳だけど…。
大丈夫かしら?今にも倒れそう。
と思ってる側から御門がぱたっと倒れた。
ワタクシは誰よりも早く彼女に駆け寄った。
「御門!大丈夫?しっかりして!」
彼女は酷く青ざめた様子で、ぐったりしていた。
「ワタクシが運びます。」
そう言ってひょいと彼女を抱き上げ、医務室に運ぼうとした。所が、
「蛍火…御免…家まで…。お願い…。」
とか細い声で彼女に言われてしまった。
よっぽど疲れているのね…。
そしてワタクシは彼女を家まで送り、ベッドに静かに寝かせた。
「大丈夫?御門…。」
ワタクシはそう言って彼女の顔を覗き込んだ。
「うん…大丈夫…。ちょっと疲れただけ。」
所が彼女の顔色は相変わらず悪く、全然大丈夫そうではない。
「…本当?医者には行かなくていいの?」
「医者ならもう行った。」
「え?で…何て言われたの?」
「…。」
御門は答えなかった。
…何かあったのかしら。様子がおかしい。…と思ったその時、御門が突然ぽろぽろと涙を零した。
「ど…どうしたの?御門…。」
わああと今度は抱き付いてきた。…これは何かある。
「蛍火…蛍火…。私…私…。」
泣きじゃくる御門の長い髪を、ワタクシはよしよしと撫でた。落ち着くまで待った方がいい。
そうして暫く一通り泣いてから、御門はぽつんとこう言った。
「御免ね…。急に泣き出して…。」
「ううん。いいのよ。…何か…あった…の?」
「…。」
暫く御門は考えていて、何か思い詰めてる様子だった。でも…
「蛍火…驚かないで、聞いてくれる?」
御門がその重い口を開いた。
「え?え…ええ…。」
「絶対、誰にも言わないで。約束して。」
「勿論。約束する。」
「…私、私ね…医者に行ったって言ってたでしょ。」
「ええ。」
「あれ…あれね…実は…その医者って…その…産婦人科…なの。」
「えっ…?それって…マサカ…?」
まさかね…
「その…まさかなの…。私…妊娠してる…の。」
「!!!」
今世紀最大の事件に、ワタクシは衝撃を隠せなかった。
だって、御門にそんな人がいるなんて、知らなかったから…。然も、もうそんな事になってるなんて!
「それ…間違いないの?」
「うん。間違いない。写真も…ある。」
「御門…ねえ、一体誰の子なの?彼は、知ってるの?」
「知らないわ。彼は…。まだ言ってないもの。」
ちょっと待って。一体誰の子なの?相手の男は誰なの?御門をこんなに苦しめるなんて、許せない。
…然しワタクシは、その男が誰なのか、凄く気になった。
「ねえ、誰なの?相手の男…。」
「…蛍火、誰だと思う?」
御門がクイズ好きなのは知っているけど、何もこんな時に問題出さなくっても…。
そう思ったが、この雰囲気ではワタクシは口には出せなかった。
「分からない…。ワタクシの知ってる男?」
「…うん。知ってる。」
誰なんだろう?そういえば御門の好みって、ワタクシ、知らない。
「うーん…そうねえ…。風閂?」
当てずっぽ。
「ううん。彼は、友達だもの。それに、どっちかっていうと、彼の好みは貴女よ。」
…ノーサンキュー。
「…で?誰なの?意外な人?」
「ん…ちょっと意外かも。」
「まさか…空蝉様?」
「そんな…。だって彼はお父さん位の歳なのよ。」
「え…?問題は歳だけって事?」
「そんなんじゃ…。確かに彼は素敵だけど、そんな事ある訳ないじゃない。それに…彼は、今は貴女のものだし、ね。」
「御門ったら…。」
そんな言い方くすぐったい。でも今は空蝉様の側に居られるだけで幸せ。ワタクシの一番大切な人…。
そろそろ、本命を出そうかしら…。
「もしかして…?墨流?」
「え?」
御門の眉間に皺が寄る。
「だって、彼いつも御門御門って煩いじゃない。いつも貴女に腰巾着みたいにくっついてるし。」
「そうなのよね…。ちょっとうざっ…あ、彼には内緒よ。…嫌じゃないんだけど、こうずっと側に居られたら…。でも、早く日本語覚えてもっと上手に話せるようになって早く鳴鏡館の役に立ってくれたらって思ってるわ。」
「それだけ?」
「えっ?それだけよ。…どうして?」
「えっ…そう…。じゃあ、誰なの?分からないわ。」
意外っていうのが引っ掛かる。
「もしかして…捨陰党の男?」
「ううん。違う。彼は…鳴鏡の人間。断じて捨陰党なんかじゃ…ないわ。」
気になる言い方ね…。
まさか、あのヤクザ者じゃないわよね…。あの男は風の噂では御門の後輩と何処かへ消えたらしいから…。
…あっ!一人忘れてたわ…。
「まさか…辰美君?!」
そう言うと、ポッと顔を赤らめ頷いた。
「嘘っ!確か、彼ってまだ高校生でしょ?コドモじゃない!」
「確かに…彼はまだ高校生だけど、子供じゃない。…男…よ。」
何か…御門…妙に色っぽい…。いつもは勝気なハリキリお姉さんなのに…。
女は、恋をすると綺麗になるっていうけど、御門は元々綺麗な分天文学的数字上分綺麗になった気がする。…本当は、ワタクシにも覚えがある…遠い記憶だけど…。
でも、彼女は悩み過ぎた所為か窶れてもいた。
「そう…それで、言えなくて悩んでいたの…。」
御門は、又ぽろぽろと涙を流した。
「…でも、どうしてそんな事に…何とか出来なかったの?」
「そ…それは…。あの時はそんな事出来なかった…。成り行きでああなったから…。」
「彼の気持ちは確かめたの?」
「ううん…分からない。でも多分唯の成り行き。…そんな事言ってたから。彼は…私の事…欲望の捌け口にしてただけかもしれないの…。」
御門は、うっうっと泣き出した。
「酷い!そんなの許せないわ!」
「でも、辰美クンは悪くない。私が悪いの。皆私の責任なの。あの夜…私が彼に甘えたから…。彼は同情してくれたのよ。…愛もなく私を抱いたんだとしてもそれは仕方のない事なの。だから、彼は悪くない…。」
「御門…。」
「でも…でも…私は好きなの…。彼の事…。だから、処女を…あげたの…。」
「…ヴァージンだった…の。」
「うん。」
「あげた…のね。」
「うん。」
「そんなに好きなのね。彼の事…。」
「うん。凄く好き。…どうしよう。蛍火。私…彼の子、殺したくない。どうしよう、堕ろしてくれって言われたら。…そんな言葉、彼の口から聞きたくない。私…産みたい。彼の子…。折角授かった彼の子…。私一人でもいいから産みたい。大好きな男の赤ちゃん…殺したくない。」
「彼と話し合いなさいよ。まだ知らないんでしょ?」
「うん…。でも駄目よ。きっと。」
「どうして?」
「彼、私の事捨てたもの…。」
「え?!」
「私…嫌われたみたいなの。何か…思い詰めた様子で、もうやめましょうって…。そう言って逃げる様に去って行ったの。私の事、捨てたのよ。もう…駄目…。」
御門は身体を丸めて泣き出した。私はそんな彼女を優しく抱き寄せそっと髪を撫でた…。心なしか、少し痩せた様子だ。
辰美のヤツ…御門をこんな身体にしておいて逃げるなんて、絶対許せない。絶対、責任取らせてやる。御門を苦しめるヤツは、ワタクシが許さない。
「でも…言うしかないわ…。例え何を言われても、もう貴女の心は決まってるんでしょ?」
「…うん。…うん。」
コクリ、コクリと彼女は何度も頷いた。
「大丈夫。例え彼が貴女を捨てたとしても、堕ろしてくれって言ったとしても、ワタクシが貴女の味方になってあげる。捨てられたとしても貴女は独りじゃない。ワタクシが居る。ワタクシが一緒に居てあげるから…ね、勇気出して。辰美クンに、本気で惚れてるんでしょ?」
「うん…。愛してる…私は。でも、辰美クンの気持ちは、分からないの。」
辰美のヤツ…。もし御門を好きじゃなくて唯欲望の捌け口にしてヤるだけヤって孕ませて挙句の果てにボロ雑巾の様に捨てたんだとしたら、絶対許せない!!!もしそうなら必ず殴ってやるとワタクシは決心した。
「ありがと…蛍火。貴女に言ったら、ちょっとスッキリしたみたい。」
「ワタクシはいつでも貴女の味方。忘れないで。」
「スッキリしたら…お腹空いてきたみたい…。」
「何か作ってあげましょうか。何がいい?」
「トマトのサンドイッチ!」
「OK。」
ワタクシは、お皿に山とサンドイッチを作った。すると御門はニ、三切れだけ残してあっという間に平らげてしまった。…女の食べる量じゃない。…妊娠するって、スゴイ。
「御馳走様…。私、すぐ行ってくる…。電話すると、彼に逃げられそうだから、直接行きたい。」
「そうね。早い方がいいかもね。辰美君のとこまで送るわ。」
「ありがと…帰りは、いつになるか分からないから先に帰ってて。御免ね。迷惑掛けて…。」
「迷惑なんて、思ってない。ワタクシは貴女の力になりたいだけ。」
「蛍火…ありがと…。」
ワタクシは、無理して微笑んだ彼女の、淋しげな顔の額にキスをした。
「元気出して。」
それから彼女を辰美君の家の近くまで送った…。そして彼女が辰美君の家に入るのを見届けてから、ワタクシはそこを後にした。
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