第七章、初めての…
僕は決心を固め、震える指で彼女に電話した。すると一回目のベルも鳴り終わらない内に、彼女が出た。
「はい。もしもし。」
「あの…僕です。辰美です。」
「…辰美クン…!」
「あの…これから…そっち行っていいですか?」
「あ…私が行くわ。」
「駄目ですよ!無理しちゃ。そんな身体で。」
僕は彼女が心配になった。
「大丈夫よ。死にはしないわ。」
そう小さく笑いながら、言った。
「でも…でも、僕、どうしても貴女の元に自分で行きたいんです。行かせて下さい。お願いします…。」
「…うん。分かった。じゃ…待ってる。」
それから僕はばたばたと自分の家を後にした。
自分の必死の決心とドキドキを抱え、そして一番最初にどう言おうかと考えながら彼女の家に向かった。
震える指で彼女の家のチャイムを鳴らすと、すぐに彼女がカチャッと扉を開けてくれた。
「御免ね。ありがと。わざわざ来てくれて。…入って。」
僕達は、テーブルに向かい合わせに腰掛けた。
僕は、勇気を振り絞って彼女に自分の気持ちを伝えようとした。が、言葉が詰まって上手く初めの一言が切り出せずにいた。
するとそんな僕を見て御門さんは…
「辰美クン…ありがと。わざわざ此処まで来て、言い難い事言おうとしてくれて。私の事傷付けたくないから言い出せずにいるのね…。でも、でもね、私…どうしてもやっぱり、どうしてもこの子を産みたいの。御免ね。貴方に迷惑掛けたくないから、目の前から消えて欲しいんなら…そうするわ。貴方の言う通りにする。だけど、だけど、この子だけは、この子の命だけは、助けてあげて。ちゃんと、生を受けさせて。お願い…。私の…一生一度の我儘かもしれないけど、どうしても…産みたいの。」
「そんな…僕は…僕は…。」
僕は、彼女の瞳を真っ直ぐに見詰めようとした。
然し彼女は僕から目を逸らし、席を立ちながら、言った。
「あ…御免ね。私ったら気が利かなくて。お茶でも入れるわね。何がいい?」
そう言いながら台所の流しの所まで歩いていったが、そこで突然蹲ってしまった。
「気持ち悪い…。」
「大丈夫ですか?」
「…大丈夫。それより、悪いけど…肩、貸してくれない?寝室に行って、横になりたい。…御免ね。」
僕はひょいと彼女を抱き上げた。すると前よりかなり軽くなったのが分かった。
多分僕の事で悩みすぎた所為で窶れて、こんなに痩せてしまったんだ。
…僕は、悪い男だ。
そっと、彼女を優しくベッドの上に横たえさせた。
「大丈夫ですか?何か…飲みますか?」
「ううん。いい。…それより、今だけ…今だけでもいいから私の側にいて。…ほんの少し…ほんの少しでいいから…お願い…。」
か細い声で彼女が呟いた。
僕は返事をする代わりに彼女の手をぎゅっと握り締めた。
「御門さん…。僕は…僕は貴女にちゃんと言おうと思って此処まで来たんです。」
「…聞きたくない。」
御門さんは手で耳を塞いだ。
でも僕は彼女の手を退けながら、言った。
「いいえ。お願いです。聞いて下さい。僕は、真剣なんです。真剣に、ちゃんと言いたいんです。…御門さん…。僕は…僕は…貴女と一緒に生きていきたいんです。お願いです。貴女のこれからの人生を、僕に…預けて下さい。…お願いします。」
僕は、勇気を振り絞って…言った。所が、
「辰美クン…。もし…もし責任感じてるんだったら、そんな事気にしなくていいのよ。貴方は悪くないんだもの…。だから、無理なんかしないで。義務感なんか感じる必要ないのよ。…言ったでしょ。私の事なら気にする事ないのよ。…私一人でも…貴方に愛された思い出があれば、生きていけるから、だから…。」
「御門さん、それ、本気で言ってるんですか?」
「…。」
「僕が居なくても、貴女は平気なんですか?それで…幸せなんですか?僕と、一緒に居たくないんですか?僕と…結婚したくないんですか?僕の事…そんなには好きじゃないんですか…?」
そう言うと、御門さんはタオルケットでガバッと顔を隠した。
「…平気よ。私は…一人でも…。」
「…本気、なんですか?」
彼女は、返事もせずに唯震えていた。
僕は彼女の顔を隠しているタオルケットを退けようとした。
でも、彼女は抵抗して、こう言った。
「いや!お願い!見ないで!」
「御門さん!」
僕は無理矢理にタオルケットを剥がしてしまった。
すると彼女は、大きな瞳一杯に涙を、溢れる寸前まで溜めていた。
そして、僕と目が合ったがすぐに彼女は目を逸らした。
「やだ…。もう、もう二度と貴方の目の前で涙を見せたくないって思ったのに…。貴方を…困らせたくないから。貴方に、余計な負担掛けたくないから…。なのに…やっぱり、駄目ね。抑えられない。貴方の前だと…。御免ね…。気にしないで。辰美クン…。」
僕は、そんな彼女をそっと抱き締めながら、言った。
「御門さん…僕と…結婚して下さい。」
「…無理しないで。貴方に…これ以上負担掛けたくない。貴方の足手纏いなんかに私…なりたくない。だから貴方はこれからも自分の好きな様に生きて。自分の好きな事をしていいのよ。私なんかの為に…無理しないで。貴方の苦しむ姿なんか私、見たくない。」
彼女は、身体を震わせ、必死で涙を堪えている様だった。僕はそんな彼女がいとおしく思えた。
「僕は、僕は無理なんかしてません。僕は、僕のしたい事をしていいでしょ?だったら、僕を貴女の夫にして下さい。そして、貴女のお腹に居る子に父親だと名乗らせて下さい。ちゃんと父親役をやらせて下さい。…僕は、僕は貴女の事を負担だなんて思ってません。いいえ、寧ろ、貴女が居てくれたからこそ、今僕はこうして生きているんです。貴女は…僕の命なんです。もう、僕は貴女なしでは生きていけない…。もし、もし僕は、貴女に捨てられる様な事があったら舌を噛んで死んでしまいたい。…好きなんです。御門さん…。こんなに…僕は貴女の事を想っているのに。僕の心も、僕の身体の血の一滴まで、貴女のものなのに。僕は…こんなにまで貴女の事が好きなのに…。なのに…貴女は僕の事、そんなに好きじゃないんですか?僕は、自惚れていたんですか?本当に、本気で、僕が居なくても平気なんですか?僕は、不必要な男なんですか?…僕なんか居なくても一人で生きていけるというのは、本気なんですか?…だとしたら、僕は悲しい…。」
「…違うの…。」
彼女は、微かな声で、そう呟いた。
「…違うの。違うの。本当は…そんなの、唯の強がり…!」
彼女は、そう言って僕に抱き付いてきた。
「もう駄目…言ってしまいたい…!私、本当は…貴方とずっと一緒に居たいの。誰にも渡したくない。貴方を独り占めしたいの。貴方をもう誰にも見せたくない。誰とももう、口もきいてほしくない…!私、独占欲の塊なの…!結婚…して欲しいの。私だけを愛して、私だけをずっと見てて欲しいの…。好きなの…。もう、どうしようもない位…貴方が…好きなの…。辰美クン…。私も…貴方に捨てられる様な事があったら、生きていられない…!ずっと一緒じゃなきゃいや…。そう思ってたの…。本当は…。」
「御門さん…。」
僕は彼女を抱き締めている腕に、もう一度力を込めた。
「でも、でも、そんな事を言ったら、貴方を追い詰めると思って言えなかった。言っちゃいけないって思ってたの。貴方を困らせたくないから。貴方に負担を掛けたくなかったから。私一人の責任だから、私一人で背負う事になっても仕方ないって思ったの。私…私みたいな女は…本当に好きな人の子を産めるだけでも幸せに思わなきゃってそう自分に言い聞かせて…貴方に自分の気持ちを押し付けまいと心に決めていたのよ…。でも、やっぱり駄目だった。言ってしまった。…私の気持ち、迷惑…?」
「いいえ、迷惑だなんて…。僕は貴女が本気で僕の事必要ないって言ってるのかと思って、ショックでした。僕はそんなにまで好かれてる訳じゃないのかと思って悲しかったんです。…でも、貴女の本音を聞けてよかった。僕は…僕もさっき言った事は、全て、本気です。」
「本当…に?私なんかで…いいの?」
御門さんは大きな瞳を潤ませながら、囁いた。
「そんな…貴女は、僕なんかには勿体無い女性ですよ…。この世に何人も女の人はいるけれど、僕にとって本当の女性は、貴女一人だけなんです。」
僕は、彼女の手の甲にキスをした。
「辰美クン…。夢じゃないのね…。ああ、夢ならどうか醒めないで…。」
「じゃあ…夢かどうか…確かめてみます…?」
僕は、彼女の腰に両腕を回した。
「好きよ…。辰美クン…。貴方が…好き…。」
「僕も、もう、貴女しか見えない…。」
僕は、彼女の瞳を見詰めた。
彼女の、美しい黒水晶の瞳に、僕が映っている。
…もう一生、この美しい瞳に、僕しか映らなかったらいいのに。
僕は、心からそう願った。
そして僕達は、お互いにゆっくりと唇を近付けていき、甘く優しいキスを交わした。
…僕は、今迄何度も彼女と口付けを交わした事があるが、この時のキスは、特別だった。…心を通わせてからの初めてのキスだから…。
そういう意味では、このキスが僕の本当の初めてのキスになった。
彼女の唇の柔らかさと温かさは、そのまま彼女の心を表しているかの様で、僕は…心から蕩けそうになった。
本当に本気で愛し合ってる女性とのキスが、こんなに甘美なものだったなんて…僕は知らなかった。
やっぱり、SEXをするだけが男と女じゃない。心を通わせて初めて本当の喜びを味わう事が出来るのだ。
僕は御門さんとその喜びを味わう事が出来て、幸せだ。
ああ…!そして又、僕のコイツは彼女を欲して騒ぎ出してしまった…!
抱きたい…!
心を通わす事が出来た女性との、初めてのSEXが…したい。
「御門さん…貴女を…今…貰っていいですか…?」
「…辰美クン…。」
僕の心臓はドキドキと高鳴って…まるで初めて彼女を抱いた時の様に…童貞だった時の様に…緊張してしまった…。
僕は、彼女の胸のボタンをゆっくりと一つずつ外し、シャツを左右に開いた。
すると、彼女の白い柔肌が艶かしく現れ…僕の心臓はドキドキを更に高めた。
ああ…。やっぱり…御門さんは綺麗だ。
何度見ても彼女の美しさはいつも新鮮なのだ。
僕は…何と言う幸運な男なんだろう。
僕は、ブラのホックを外そうと彼女の背中に手を回した。然しそれが中々見付からなくて閉口してしまった。すると…
「こっちよ。」
とクスッと笑って僕の手を胸の谷間に持っていった。
「フロントホックっていうのよ。」
と言いながら、僕の目の前でホックを外してくれた。
するとそれは、パチッというという音を立てて左右にブラを分けてくれた。
僕は…ゆっくりとその紐とシャツを肩からずらした。
すると彼女の美しい首筋と鎖骨と胸の谷間の、丁度いいバランスの取れた彼女の女体の色香にクラクラとしてしまった。
でも、依然として彼女は両手でブラを押さえ、胸の天辺が見えない様にしていた。
「御門さん…。僕に、貴女の美しいその身体を、見せて下さい。」
「う、うん…。でも、何だか…恥ずかしいの…。今更…変かしら…。私…。」
「いいえ、変じゃありません。僕も…まるで貴女と初めて肌を重ねた時みたいに、凄くドキドキして…胸の高鳴りが抑えられない…。好きです。御門さん…。」
「私もよ…。辰美クン…。」
そう言って、彼女は自分の手をゆっくりと退けてくれた。
彼女の、文句の付け様のない、美しい上半身が露になり、僕は思わず見惚れてしまった…。
「綺麗だ…。どんな高価な宝石も、貴女の前ではきっと見劣りしてしまう…。貴女は…極上の宝石だ…。」
「…そんな殺し文句、さらっと言ってのけるなんて…恥ずかしいわ…。」
「僕は…唯思った事を素直に表現しただけですよ。貴女が…余りにも美しすぎるから…。」
「…辰美クン…も…よ…。」
そう言って彼女は僕のシャツのボタンを一つ一つ外して、外しながら僕の胸を舌で辿った。僕は、その舌の柔らかい感触に、思わずぎゅっと目を瞑ってしまった。
そして、あっという間に僕の上半身が露になった。
「やっぱり…綺麗ね…。思わず、見惚れてしまう。何て、男らしくて、素敵なの…。私…私だけのものよね。この身体も、その顔も、その心も…。そうよね。辰美クン…。」
そう言う彼女の瞳に翳りが見えた。
「どうして、そんな顔をするんです?僕は、貴女だけのものなのに。貴女が信じてくれないなら僕は、この喉切ってくれてもいい。」
「辰美クン…好きよ…。好き…。」
御門さんは、僕を切なそうな顔で見上げた。そして、僕はその唇にもう一度キスをした。
それから、彼女を抱き締め、こう言った。
「御門さん…。今夜は…早く貴女を僕のものにしたい。…いい、ですか…?貴女をもう…頂いても…。」
「私も…早く、貴方が欲しい。貴方と…一つになりたい。」
僕達は互いに下の服と下着を脱がせあって、生まれたままの姿になった。
「御門さん…。もう一度、訊いていいですか?僕と…結婚してくれますか?」
御門さんは、頬を赤らめて恥ずかしそうに頷いた。
そして…僕達はベッドの上で手を握り合って、心も、身体も、一つになった…。
ああ…。これが、両思いの女性との、初めてのSEXだ…。
僕は、童貞を失くした時よりもドキドキしていた。そして今迄感じた事のない悦びを身体に、心一杯に感じていた。
今迄の様な、もやもやとした後ろ暗い快感ではなく、心も身体も充実した、まるで天国にでもいるかのような真の幸福感を味わっていた。
僕は優しくゆっくりと彼女を揺さぶり始めた。
すると彼女の表情が今迄にはない程の悦びの表情になって、僕はその表情を見ているだけで達きそうになった。
でももう少し繋がっていたくて、もう少し彼女の温かい内部と、心の空気がポカポカと春の陽気で一杯になっている幸せをもう少しだけ味わっていたくて、我慢して少しずつ動かした。
でも、動かす度に彼女の内部は僕を喜んできつくきつく抱き締めてくれて、僕はもう言い様のない快感に我慢の限界を迎えそうだった。
どうしよう。気持ちよすぎる。このままだと、僕一人で満足しそうだ…。
ああ…!でも、できれば、二人一緒にあの悦びの高みまで到達したい…。彼女と同時に、同じ快感を味わいたい。
僕は心から願った。そしてちょっと悩んでしまった。すると、
「辰美クン…。もう…ダメ…。」
御門さんが可愛らしい喘ぎ声で溜息混じりに啼いた。
「御門さん…!」
僕は、リズムを変えて彼女を激しく揺さぶった。
そして、ものの数秒も経たない内に…二人同時に天国へと登りつめてしまった…。
終わってしまうと…僕は知ってしまった。今迄とは違う、充実感溢れる喜びを。
本当に心通い合っている女性となら、繋がっている時は勿論、汗をかき終えた後はもっと幸せを感じるものなんだという事を今初めて知った。
僕は、紛いものではない、真の、男と女の愛し合う喜びというものを知ってしまった…。
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