第八章、宴
僕達は、もう一度ひしと抱き合った。
「愛してる。御門さん…。どんな事があっても、貴女を離したくない…!」
「…永遠に、離さないで。…死んでも側に居たい。…好きよ。」
僕達は、永遠の愛を誓い合った…。
…とその時、僕はある事が気になった。
「こんな事して、赤ちゃん、大丈夫?」
「平気よ。ちょっと揺れを感じるだけなんだって。私達が愛し合っている時、この子も同じ様にリズムを感じていたのね。」
「赤ちゃん、男かな女かな。御門さん、どっちがいい?」
「そうね…。どっちでもいいわ。元気ならそれでいい。でも、どっちにしろ、あともう一人くらいは欲しいな…。」
「え?もう一人?…じゃ、頑張らなくちゃね。」
「辰美くんは、男の子と女の子とどっちがいい?」
「僕はやっぱり剣術を教えたいから、男の子がいいかな。」
「そうね…。貴方の子だから、きっと天才ね。」
「赤ちゃん、早く生まれないかな。」
「まだまだ、あと九ヶ月くらい先の話よ。」
「九ヶ月先っていえば…。そういえば…僕はもうすぐ学校に行かなきゃいけないんだった…。嫌だな。…離れたくない…。」
「私も…。でも、仕方ないわ。淋しいけど。私達まだ結婚できないもの。結婚したら、もう高校には行けなくなるでしょ。」
「…はい…。そうですね。」
そうなんだ。僕はまだ高校生という身分だから、まだ一緒には堂々と暮らせないんだ。
そう思って、ズンと暗くなってしまった。僕は今迄高校生という身分がこんなにも歯痒く思えた事はなかった。
ああ、早く卒業したい…。
「だから…籍を入れるのも一緒に住むのも、僕が卒業してからになりますね…。すみません。それでも、いいですか。…待っててくれますか。」
「勿論。…でもなるべく私と一緒に居てね。」
「はい。僕、もう一秒も貴女と離れていたくない…。」
そうだ。こんなに離れなくないのに、僕は又、一人ぼっちにならなくてはならない。それに、学校には彼女が妊娠している事はひた隠しにかくさなきゃならないんだ。
でも…
「皆には、話さなくちゃいけませんね。」
「うん…。御免ね、辰美クン。」
「え?何がです?」
「私…蛍火には、子供が出来た事喋っちゃったの。」
「え…。そうなんですか…。」
「御免ね。私…皆の前で倒れて…。私を運んでくれた蛍火につい泣きついてしまって…。御免ね。」
「いいえ。それより倒れたって…。大丈夫ですか?身体…。」
「うん。今は平気。時々気持ち悪くなるけど…仕方ないわ。…でも、皆には言い出しにくいわね。」
「そうですよね。誰も僕達がこんな関係だなんて、知ってる訳もないですしね。」
でも、僕は皆にはちゃんと話して理解して欲しかった。鳴鏡館の皆は僕の家族も同然だから。
「どうしよう。…まず、蛍火に、言ってみる?」
「僕としては、空蝉さんに相談したい。」
「そっか…。じゃ、二人一遍に話す?」
そこで僕達は二人に連絡を付けた。が、蛍火さんだけ連絡が付かなかった。
仕方ないので、僕達は空蝉さんに電話して会う約束をして彼の家に行った。
空蝉さんの家は、純和風の佇まいで、古風でかなり年期の入った、それでいて懐かしい雰囲気を醸し出していた。
扉を叩くと、
「おう。よく来たな。」
と言いながら着流しを着た彼が出てきた。すると彼は不思議そうな顔をして、僕達二人を交代交代に眺めた。
「何で御門も…?ワシはてっきり辰美一人かと…。」
僕が電話で二人だと言いそびれたからだ。
「…まあ、ええわい。上がれ、上がれ。」
空蝉さんは無精髭を摩りながら僕達二人を家に入れてくれた。すると、何故か台所の方に蛍火さんが居た。
蛍火さんは、祖国旧ソ連でKGBのスパイとして活躍して、その後日本に亡命して甲賀の里で修行を積んで鳴鏡館に来たという、凄い経歴の持ち主だ。素早い身のこなしが素晴らしい、僕の尊敬する先輩の一人だ。
女性としては、鳶色の瞳と髪が美しい、御門さんとは又違う感じの、可愛らしい雰囲気の美人だ。
…でもやっぱり御門さんが一番だな。
「あら、今晩は。…今、お茶入れるわね。」
と言って僕達にお茶を出してくれた。
空蝉さんと蛍火さんが凄く仲がいいのは知っていたけど、こんな時間に一緒にいるなんて…。僕はちょっと驚いてしまった。
「何か…大切な話ですのね。ワタクシは席を外しますわ。それでは。」
そう言って足早に二階に消えていった。僕達が引き止めるチャンスも失う程に。
「所で…、ワシに相談とは何じゃ。話してみい。」
僕達は、顔を見合わせた。やっぱり切り出し難い。
…でも、此処でずっと沈黙してる訳にもいかないので、勇気を振り絞って、言った。
「あの…。空蝉さん…。実は…その…。来年の三月になったら…その…その…け…結婚…する…積りなんです…。」
僕は、思い切り照れながらもごもごと口にした。
すると空蝉さんは一瞬時が止まったようになったが、すぐに目を丸くした。
「け…結婚?!結婚?!…お前達…いつの間に…?ワシは何も知らんかったぞ…?…信じられん…。然も来年の三月なんて、お前、辰美がやっと高校卒業する頃じゃろう?何で、そんな、急に…。…まさか…!」
僕達は一気に耳まで赤くなってしまった。
「その…まさかなんです…。い…今…二ヶ月目…なんです…。」
空蝉さんは、暫く口をポカンと開けて、又時間が彼の周りだけ止まってしまった。今時計を彼の側に置いたら針が止まる所が見られそうだ。空蝉さんは、もしかしてやっぱり呆れているのかもしれない。僕はそう思った。
然し、次の瞬間、
「でかした!!!」
と僕の方をがっしりと摑んだ。その様子にとても面食らってしまって、今度はこっちが時計の針を止めてしまった。
「代々鳴鏡を守ってきた巫女の子孫とあの男の血を引くお前の両方の血を受け継ぐ者が、剣術のサラブレッドが、此処に居るのか!!!」
そう言って彼はさも愉快そうにガハハと豪快に笑った。僕の大好きな空蝉さんの笑い顔だ。
「いや、全くでかしたぞ!お前達二人の子なら、きっと天才じゃ!強くなるぞぃ。こいつは年寄りの楽しみが増えたぞ。いやあ、目出度い。目出度い。」
と言って、又ガハハと笑った。
僕達は、彼の様子に面食らいながらも、空蝉さんが新しい命を喜んでくれた事を嬉しく思って二人で顔を見合わせ、微笑み合った。
「…でも、この事を皆にどう言い出したらいいのか、分からなくて…それで、相談に来たんです…。」
「むう…。なるほどの。確かに皆驚くじゃろうからの…。どうしたもんかのう…。」
空蝉さんは髭を摩りながらこの難問に眉間の皺を深くした。
「そうじゃ、今蛍火がおるからあいつにも言ってみてよいかの?」
「はい。構いませんが。」
すると彼は二階の蛍火さんをすぐに呼んできてくれた。
蛍火さんは、事情を聞くと、普段の無表情さからは想像できない程パッと表情が明るくなり、驚きと喜びの色を表した。
「よかったわね。御門。おめでとう。」
そう言って、二人は抱き合った。もしかして…凄い仲のいい親友なのかな…。僕は知らなかった。
「辰美君も、御門をよろしくね。御門、気が強いから、カカア天下になるかもしれないけど。」
「もう、蛍火ったら。」
「はい…。覚悟してます。」
僕がそう言うと、皆大笑いした。
「然し、打ち明けるのが一番難しいのが一人おるの…。どうするか…。」
「え?何の事?」
一人だけ意味の飲み込めない者が約一名。きょとんとした顔。
僕の可愛い御門さんだ。
「誰って…墨流に決まってるじゃないですの。」
「そうじゃぞ。何じゃ、お前、まさか、全然気が付かんかったという訳ではあるまい。あいつはいつもお前の周りをうろうろしとるじゃろ。」
やっぱり…。墨流さんが御門さんの事を慕っていたのは誰の目にも一目瞭然だったんだ。
…たった一人を除いては。
「そんな事ないわよ。彼は私に恩を感じているだけよ。別に、他意なんかないわよ。」
と悪びれもせずきっぱりと言い切った。
巫女としては一流なんだけど、こういう勘はまるで働かないのかな。このギャップが素敵だ。御門さん。
「み…御門…貴女…やっぱり…鈍い…ですわ。」
「え…?そ…そうかしら?私、男の人は、辰美クンしか興味ないから…。」
「あらあら、ご馳走様。」
「然し、どうしたもんかの?」
僕達は、ウーンと頭を悩ませた。然し、誰もいい考えが浮かばなかった。
「ん?ああ、もうこんな時間か。いかん、いかん。今日の所はこれ位にして、又明日にせんか。今日は疲れとるじゃろう。何ならお前ら泊まっていけ。」
「空蝉様、それは野暮というものですわよ。」
「あ、そ、そうか。すまん、すまん。ワシとした事が…。」
「いいえ、すみません。折角のご好意なのに。今夜は、二人でゆっくり考えます。」
そして僕達は空蝉さんの家を後にし、御門さんの家の前まで帰って来た。
するとその近くに何故か大きな鞄を持っている墨流さんが立っていた。
彼は、ぴったりと寄り添っている僕達を見ると、確信した様な、残念そうな顔を浮かべた。
「御門さん…。ワタシ…さよなら言いに来た…。」
「え?どうして?」
「ワタシ…修行の旅に出る…。もっと、剣術…上手くなりたい。」
「どうしても…行くの?」
「もう…決めた。御門さん、引き止める、ワタシ、嬉しい。でも、辛い。…ワタシ、知ってた。御門さん、彼の事、好きな事…。御門さん、彼の事ばかり見てた。ワタシ、御門さんばかり見てたから、分かった。」
え?御門さんが、僕ばかり見てたって?
…そうか、それで、御門さんを見ると目が合って…でも目が合う度に視線をすぐ逸らされてたから、僕も視線を逸らして…その繰り返しだったんだ…。
それを、彼は、ずっと見てたんだ…。
「それで、さよなら、言いに来た。…ワタシ、此処に居るの、辛い。御門さんは、今、幸せか?」
御門さんは、申し訳なさそうにコクリと頷いた。
「…御免なさい…。」
そして、墨流さんは、僕の方を向いて静かにこう言った。
「オマエ、本当に、御門さん、好きか。」
「…好きだ。」
僕は、その三文字に挑戦的な真剣さを込めた。
「なら、御門さん、幸せにしろ。…約束だ。」
「ああ、約束する。御門さんを…必ず幸せにする。」
「御門さん…もし不幸にしたら、オマエ、許さない。…その時は、ワタシが御門さん、さらいに来る…。」
「分かった。そんな事にはならない。貴方の分まで幸せにするから。絶対に。」
「ワタシ、このまま、行く。皆に見送られるの、苦手。」
「元気でね。」
そう言うと彼は夜の闇の中に消えていった…。僕達は暫くその場に立ち尽くした。
彼は、愛する女性の為に潔く身を引いた。
…僕は、そんな彼の分まで御門さんを幸せにする…。必ず…。
翌朝、最大の難問を突破した僕達は、残りの三人に、話し合いの場を借りて話す事にした。
「辰美、お前ちょっと手が早すぎるんじゃねえのか?それに、俺に何の相談もねえなんて、水臭いぞ。空蝉と蛍火は、知ってたみたいじゃねえか。俺ってそんなに頼りにならねえのか…。」
「そ、そんな事ないですよ。空蝉さん達だって、昨日知ったばかりだし…。」
「そうか?ならいいんだが…。ま、しっかりやれよ。俺に出来る事があれば何でも言ってくれ。何でも力になるぜ。」
「有難う御座います。風閂さん…。」
風閂さんは、優しい言葉を掛けてくれた。が、この後僕は彼に頭をぐりぐりされる事になるのだが。
「ったく最近の若いモンは何考えてんだか…。ま、精々頑張んな。…まさか小娘とガキに先越されるとは思わなかったよ。」
燕さんだ。でも、先越されても仕方ない位、既に行き遅れなのでは…。と僕は思ったが、殺されるかもしれないので口にしなかった。
でも、風閂さんが、
「お前が結婚するの待ってたら、年寄りになっちまうぜ。」
と恐れもしないでボソッと言った。するとすぐに燕さんの拳骨が火花が出そうな位風閂さんの頭に炸裂した。
「いってえ…!」
「一言多いんだよ。バァカ。」
やっぱり燕さんはコワイ…。
「まあ、安心しろ。お前達が忙しくなっても、鳴鏡館はこの俺がちゃんと守ってやるから。俺の道場にするんだ。」
「まだそんな事言ってんの?!」
と、御門さんが睨むとサザンカさんはビクッとして、額に冷や汗をかいた。まるで“蛇に睨まれた蛙”。
“御門さんに睨まれたサザンカさん”と諺を改めるべきでは、と思われる程のあからさまな怯えようだった。
どうやらサザンカさんは、やっぱり本当に御門さんが苦手らしい。どうしてだろ?こんなに可愛くて優しいのに。
「まあまあ。二人とも折角目出度い席なんじゃ。今日位は喧嘩はよさんか。…そう言えば、墨流は、どうしたんじゃ?」
と空蝉さんが彼の姿がまるで見えない事に触れたので僕達は彼が修行の旅に出たという事だけ話した。すると皆一様に、ああ、やっぱりといった顔をして、その急な旅立ちの理由を訊く者は居なかった。
「じゃ、僕達神社の方にも行って来ます。神主さんと已綱さんにはまだなので…。」
「ちょっと待て。お前達、式やら旅行やらは、どうする積りなんじゃ。」
そ、そういえば…僕達は今迄もう無我夢中でそんな事考えた事なかったっけ。仮に今式を挙げたとしても堂々と夫婦として一緒に暮らせる様になるのは僕が卒業してからになるし、旅行に行こうにも、もう日数がないし…それに今は赤ちゃんにとって危険な時期らしいから、あんまりばたばたしたくない…。そう考えて、僕は。
「それは、二人でゆっくり考えます…。ね。」
と言って御門さんの方を向いた。すると彼女はしおらしくこくりと頷いた。
…ほら、やっぱり御門さんは可愛い。
「何だ、御門、やけにしおらしいじゃねえか。…俺ぁてっきり食ってかかるかと思ったのに…。」
「本当ですわ。御門、とても可愛らしくなりましたわ。」
「そんな、それじゃ、まるで以前の私が鬼婆だったみたいじゃない。」
そう言うと、皆大爆笑になった。でも、又風閂さんが、
「でも、強ち間違いって訳でもねえよな。」
と余計な事を言ったもんだから、今度は御門さんに小突かれた。
「何か言った?風閂。」
「い、いいえ。すんましぇん。」
それで、又大笑いになった。
ったく、どうしてこの人はすぐ人の逆鱗に触れる様な事を軽く言うのだろう。
まあそこが風閂さんの面白い所でもあるんだけど。
「式までとは言わんが、今夜辺り皆で祝いの宴でも開かんか?」
と空蝉さんが提案すると、皆一斉に、
「賛成!」
と言った。でも、僕は御門さんの身体が心配になったので、
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ。お気持ちは有難いですけど、御門さんは今、調子悪くて…。」
「あ…。そうだったわね。悪阻、そんなにひどいの?」
蛍火さんが心配そうに訊いた。
「大丈夫よ。大丈夫。そんなに…ひどくないし、宴会位じゃ、死にはしないわ。」
「そうじゃ、そうじゃ、お前達は主役なんじゃから、座ってるだけでいいしの。」
と言った空蝉さんは、何のかの理由を付けてお酒を飲みたいだけなんじゃないんだろうか、と僕は思った。
「でも…でも…僕心配です。…僕…御門さんの事…。」
「辰美クン…。」
僕達は思わず見詰め合ってしまった。すると、風閂さんが、
「いやあ、お二人さん、お熱いですなぁ。」
と冷やかした。そして燕さんも、
「ああ、暑い暑い。もうすぐ秋だってのにやけに暑いねえ。」
と手で顔をぱたぱたと扇いだ。
僕達は恥ずかしくなって顔を赤くしながら俯いてしまった。
「ねえ、辰美クン、折角のご好意なんだから、お受けしましょう。私、調子が悪くなったら、すぐ横になるから。ね?」
「御門さんがそう言うなら…。でも、約束ですよ。絶対、無理をしないで下さいね。」
「うん。約束する。」
可愛らしく頷いた。
「それじゃ、僕達ちょっと神社に行って来ます。」
「神主と已綱にも、そう言っといてくれ。」
「分かりました。」
そして僕達は神社に来たが、二人丁度何か話し込んでいる様子だった。
いつ見ても、此処の神社、そして二人(いつもは御門さんもだが)のいでたちを見るととても現代とは思えない。戦国時代か何処かへタイムスリップしたのかと目を疑う。
二人の話は別に大したものではないらしく、割とすぐに話を切り出す事ができた。
「代々鳴鏡を守り続けてきた巫女の血筋も、これで絶やさなくて済みそうだの。その子は、我々にとっても大事なお子だ。皆で守っていこうではないか。式は…よければ私が取り仕切るが、どうじゃ?」
「はい。その時は、宜しくお願いします。まだ日取りとかは、決まってませんが…。」
「まさか、自分の勤めてる神社で結婚式を挙げる事になるとは思わなかった…。」
「御門さんは、一生結婚しない積りだったんですか?」
「だって、そんな事考える余裕もなかったもの…。」
それもそうだ。僕達はついこの間まで明日をも知れぬ命だったんだから…。
「それは、私も同じですわ。」
已綱さんだ。
「御門さん、辰美君、おめでとう。私に出来る事があれば何でも言って下さいね。私が今こうして生きていられるのは、貴方達のお陰なんですから。」
そう言ってくれたので、僕は今夜の宴会の事を話した。すると二人とも快く賛成してくれた。
そして、僕達は又皆の所へと戻ったが、その道中で僕は御門さんにこう話したんだ。
「あの、もう一人ナイトストーカーさんなんですけど、彼今連絡付きますか。僕あの時彼に助けてもらったんですよ。それでそれきり会ってないし、ちゃんとお礼も言いたいし、今夜呼んでいいですか。」
「うん。私もそれ賛成。私もずっとお礼が言いたかったの。でも、タイミングを逃してたのよね…。私蛍火に頼んでみる。来てくれるように。彼呼んだの、蛍火だから。」
そうして御門さんは蛍火さんに頼んで彼にも来てもらう事になった。
その夜、御門さんの勤めてる神社で大宴会は催された。僕達は蛍火さんと已綱さんと、そして何とあの燕さんの作った手料理に舌鼓を打った。
御門さんは僕との約束通り、僕の側で大人しくしててくれた。
そして、皆ほろ酔い加減にお酒が回ってきたのだった。
でも御門さんは妊娠してるし、僕は未成年なのでアルコールには手を付けなかった。そんな僕達を見て、
「何だ、辰美、飲まねえのか。」
風閂さんがそう言ってきた。
「何言ってんですか、風閂さん。僕未成年ですよ。」
「今更未成年もへったくれもあるか。ほれ、飲め、飲め。」
と無理矢理僕にお酒を飲ませようとした。
「やめて下さいよ。僕アルコールは駄目なんです。」
「何?駄目だあ?お前、酒も飲めねえで立派な父親になれるかってんだ。ほれ、飲め飲め。」
「風閂さん、それとこれとは関係ないですよ。」
「いいじゃない、折角だし。ちょっとだけなら。今夜だけ特別、ね。」
御門さんが僕たちの間に取り成すように口を挟んだ。
「じゃ、ちょっとだけですよ。」
僕は少し口を付けた。…苦い。こんなもの美味しい、美味しいなんて言いながら飲む大人の気持ちが分からない。
「何だ、お前、女房の言う事なら聞くのか。もう尻に敷かれてるのか。」
「もう、そんなんじゃないですって…。」
全くとんでもない絡み酒だ。
「風閂、駄目ですわ。そんなきついの飲ませては。ほら、これこれ。アルコールの少ないこのカクテルにしてあげなさいな。そんな割りもしないきついお酒なんか、辰美君が倒れてしまいますわ。」
と蛍火さんがカクテル片手にやってきた。
「ウィスキーもいけるよ。飲む?」
と、瓶ごと抱えた燕さん。
「ワインなんかどうです?」
已綱さんまで寄ってきた。…まるで世界の酒博覧会だ。
「そんなに飲んだら僕、死んでしまいますよ。」
「そうよ。どれか一つにしてあげて。」
御門さんが助けてくれた。
「じゃ、これ。」
そう言って蛍火さんが差し出してくれたグラスを取り、僕は一番少ないからとたかをくくって一気に飲み干した。
「………!!!」
やっぱり僕が甘かった。
僕の顔は一気に耳まで蒸気がでそうになり、頭までくらくらしてきてしまった。…これはマズイ。
「あの、ちょっと外に行って風に当たってきます。」
そう僕が言うと、蛍火さんと何か話している御門さんが心配そうに付いて来ようとした。
「大丈夫です。一人でも…。気にしないで話を続けて下さい。」
「でも…。」
「大丈夫です。すぐに戻ってきますので。」
そう言って僕は一人で外に出た。
夜風が火照った顔に涼しく当たって気持ちいい。うーんと背伸びしながら深呼吸をして夜風を満喫していると誰かに肩を叩かれた。振り向くと何とナイトストーカーさんだった。
僕はてっきり彼も同じ様に涼みに来たのかと思った。然し、違った。
「辰美、お前ちょっと相談に乗ってくれないか…。」
「え?いいですけど…。僕に出来る事なら。あの時のお礼がしたいし。」
「…辰美、お前どうやって彼女を口説いたんだ?」
「…え?」
もしかして、相談って恋愛の相談か?まさか、年上の男性にこんな相談を持ち掛けられるとは。
「口説くっていっても僕は特別な事なんか、何も…。処で貴方の好きな女性って誰なんですか?」
「え?それは…。お前、見て分からないか?」
「…蛍火さんですか?」
ナイトストーカーさんは凛々しい顔を可愛らしく赤らめた。図星だったらしい。
「それが、彼女なかなかガードが固くて…。御門さんって、確かお前より六つ年上だったよな。蛍火さんも私より三つ年上なんだ…。お前、どうやって年上の女性を口説き落としたか、教えてくれないか。」
「だから、特別な事は何もしてませんよ。最初の夜は、成り行きでああなっちゃって…。」
僕は口篭った。恥ずかしい。
「え?ああなったって…。子供の出来るような事か?」
「え…。はい…。」
やっぱり恥ずかしい。
「う…羨ましい…。どうしたら、そんなオイシイ目に遭えるんだ?」
「ナイトストーカーさん、貴方の欲しいのは彼女の心ですか?それとも身体ですか?」
「え?」
「美味しい目だなんて…。そういう事をするだけが男と女じゃないですよ。…身体だけの関係なんて、空しいだけですよ…。」
「…お前、大人だな。流石に子持ちは違う。」
そう言って彼は感心したように手を顎に持っていって僕をまじまじと眺めた。
「そんなんじゃないですけど…。身体目当てで女性に近付くなんて。もしそうなら僕は賛成しかねます。」
「勿論、そんなんじゃないさ。私は彼女を尊敬もしてる。でも女性としても好きなんだ。この気持ちは本物なんだ。…でも彼女が私の事をどう思っているのか、それがさっぱり分からなくて、確かめたいけど恐くて何も出来ないんだ。」
「分かります。その気持ち。所で彼女から会おうと誘われた事はあります?」
「ん?ああ…一度だけ。」
「じゃ、もしかしたら脈、あるかもしれませんね。」
「本当か?」
彼は月明かりに負けない程明るい表情になって僕の両肩をがしっと摑んだ。
「…まあ、これは飽く迄僕の予想ですけど…。」
「二人で何仲良さそうに話してるの?」
急に蛍火さんに声を掛けられて、僕達はギクッとしてしまった。
「じゃ、じゃあな、辰美。」
そう言って足早に神社に戻っていった。
「何なの?相変わらず竜巻みたいな人ね。」
蛍火さんは、そうクスッと笑った。
「辰美君、もう大丈夫?御門が寂しそうにしてたから、そろそろ戻ってあげて。」
蛍火さんがそう言ったので僕は急いで愛しい女性の元へと飛んでいった。
それから皆心行くまで大騒ぎして、かくして狂乱の夜は明けた…。
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