朝の陽光が射し始めている廊下。 寝所からそこへ足を踏み出し、馬士太郎はその明るさに、わずかな眩暈を感じた。 後ろから、衣擦れの音がする。 襦袢一枚の母が、自分に付き従って歩いているのだ。 母を抱き、好きなようにしている男が待つ浴場へ、母を導いていく。 数ヶ月ぶりの、夢にまで見た再会だというのに、自分の役どころは何と滑稽であることか。 母と目を合わせずに済む事が、むしろ有難かった。 もし目を合わせたところで、何を話せというのか。 だから、ただ無言で、馬士太郎は歩く。 鈴貴は、そんな息子の背を見ている。 この数ヶ月の間で、少し背丈も伸び、肩幅も大きくなった気がする。 後姿に、今は亡き夫の面影が、わずかに重なる。 (…馬士太郎) 自分が知らぬところで苦労しながらも、この子は、成長していってくれている。 母としての喜びが、わずかに胸にきざす。 だが、それもわずかのことで、すぐに現実の記憶が鈴貴に押し寄せる。 昨夜から、この子は、寝所番として詰めていた。 すべてを見られた。聞かれた。 この子の父を殺した男の前で裸に剥かれ、身体を開き、絶頂を極めさせられる姿を。絶頂の声を。 そして、仇敵に服従を誓い、その子種を求める姿のすべてを。 母の、女としての、いや、一匹の牝としての姿を、最も知られなくなかった息子に知られた。 そう思うと、このままこの世から消えてしまいたいほどの羞恥に襲われる。 そして、心から、馬士太郎にすまないと思う。 だからこそ。 馬士太郎が口を開けないならば、自分から話をしなくては…と鈴貴は決意する。 「…馬士太郎」 廊下の中ほどで、鈴貴はそう呼んだ。馬士太郎の背がぴくりと動いたが、そのまま歩を進める。 「馬士太郎…母の頼みです。少し、待ってください」 鈴貴が重ねて言うと、馬士太郎が、ゆっくりとその足を留めた。 だが、母のほうを振り向こうとはせず、木石のように、直立している。 「…こちらを、向いてください。馬士太郎」 ゆっくり一言ずつを区切るように、鈴貴は頼む。 この子が、こんな態度を取らざるを得ないのはすべて母である自分の咎だ。 鈴貴の胸にぴりり…と痛みが走る。 「…お願いです。馬士太郎」 何度目かの問いに、馬士太郎がついにゆっくりと、鈴貴のほうへ向き直った。 母と、息子。その視線が、数ヶ月ぶりに重なる。 「…元気にして、いたのですね」 鈴貴は言った。涙が流れそうになる。 蒼白で無表情でも、それは、まごうことなく、愛するひとり息子の顔であった。 「…よかった。心配していました。…息災だと、聞いてはいましたが」 鈴貴が重ねて言う。だが、息子から帰ってきたのは、冷たい返事であった。 「…誰から、聞いていたのですか」 「…」 「雑賀義嗣から、聞いていたのですか」 「馬士太郎」 廊下の中ほど、辺りに他人の気配はない。 だが、主を呼び捨てにする馬士太郎に、鈴貴の声は諌める調子を含まざるを得ない。 「なんですか。呼び捨てではいけませぬか」 馬士太郎の声が大きくなることを懸念し、鈴貴は小走りに馬士太郎に歩み寄る。 その手首を、馬士太郎がいきなり、ぐっ…握った。 「…あっ」 いつの間に、これほど力が強くなったのだろう。 「母上。…わたしは…母上に、会いとうございました」 「…馬士太郎、母もです」 「では、なぜ」 馬士太郎の目から涙が零れた。鈴貴の胸が錐に刺されたように痛んだ。 「母上。なぜ、あの男の言いなりになっているのですか」 馬士太郎の目は、十三歳の少年とは思えない痛切に満ちている。 そのまだ幼い心は悲鳴をあげ、必死になって母に、確かな答えを求めている。 (…だから、言い逃れなどしてはいけない) 鈴貴はそう思った。 自分の心を、この子にだけは、偽ってはならない。 たとえそのために、どれほど深く恨まることになろうとも。 「…馬士太郎。聞いてください」 「…」 「馬士太郎…、まず手を離してください…痛いのです」 はっとしたように、馬士太郎は、その力を緩めた。 鈴貴が自由になった手を胸の前に置く。 そして、再び、母と子は間近な距離で向き合った。 「…馬士太郎」 「…はい」 「母は、そなたを、誰よりも愛しています」 「…」 「だから、正直に、そなたに言います。残酷な母だと恨まれるかも知れません」 「…聞きとうありませぬ」 「…聞いてください」 「…」 馬士太郎が、鈴貴の目を、見つめた。 何と怯えた目の色だろう。 最愛の母を喪うことを、この子は絶望的に悟っている。 鈴貴はこの哀れな子を思い切り抱きしめたいと思う自分を、懸命に抑えた。 きっと、自分は地獄に堕ちるのだろう。 そう思いながら、鈴貴は続けた。 「馬士太郎。母は…雑賀義嗣様の、側室にしていただきました」 馬士太郎は、体の細胞の全てが死に絶えたかのように、身じろぎすらしない。 母が紡いだ言葉は馬士太郎の心を砕くに、十分だった。十ニ分に過ぎた。 「…馬士太郎」 今度は、鈴貴が馬士太郎の腕に、そっと手を掛けた。 「母を恨みなさい。そなたと…約束をしました。佐古家の再興のために、耐えようと。そなたの父上の…恨みをいつの日か、晴らすのだと」 鈴貴の頬につぅ…と涙が伝った。 「母にもうその資格がありませぬ。まだ幼いそなたに、分かってくれとは言いません」 鈴貴の言葉にも、馬士太郎の反応はない。 「ただ、これからも私のせいで、馬士太郎、そなたに辛い思いをさせるでしょう、だから、母を、以後、そなたの母とは思ってはなりませぬ。人の道を外れた畜生だと…そう思いなさい」 言葉が終わるか終わらぬうちに、馬士太郎が鈴貴の腕を激しく、振りほどいた。 そして、悲痛に叫ぶ。 「わかりませぬ!…私にはっ、わかりませぬ」 「…馬士太郎」 「母上は…父上を…」 「…」 「父上を、お忘れに、なられたのですか!」 鈴貴の表情が苦しみに歪んだ。 「馬士太郎」 「…母上は…」 「馬士太郎っ!」 鈴貴は、初めて声を鋭くした。 いま、誰かに聞かれたとしても、この子は守ってみせる。 義嗣を止めてみせる。 だが、こんなことは今日だけ、にしなくてはならない。 「馬士太郎」 母の鋭い声に言葉を呑んだ馬士太郎に向かって、鈴貴は言葉を繋ぐ。 「母は…もう、義嗣様の御子を、産むための女になったのです」 馬士太郎の顔は、能面のごとく、白い。 鈴貴は、言い放ってしまってから、やや後悔の念に襲われた。 だが、言うしかなかった。他にどう出来るというのだ。 今ここで誤魔化したところで、いずれは分かってしまう。 それは、逆に馬士太郎を長く傷つける結果を生むだけだ。 (…けれど) 鈴貴は思う。 結局、自分はいま、馬士太郎より義嗣を選んでいる、というだけのことではないのか。 それは、母親として、なんと罪深い行為であることか。 そんな想念が頭をよぎったが、それもわずかな間のことであった。 馬士太郎が、くるりと背を向けて、鈴貴は我に返った。 「…馬士太郎」 「…湯殿へ…案内いたしまする」 慕い、敬いつづけてきた母の、今の言葉や態度を理解することは不可能だった。 だから、逃げるしかない。母はきっと、どうかしてしまっているのだ。 馬士太郎の身体は、己が与えられた役目だけを果たそうとする人形と化した。 全身から生気が抜け落ちた様子のまま、鈴貴を先導していく。 もう、鈴貴も言葉を継ごうとはしなかった。 まだまだ言葉を交わしたい。だが、いまは、その時間が足らない。 ゆっくりと、息子に付き従い、母は新しい主人のもとへ歩いてゆく。 馬士太郎が、鈴貴を連れて湯殿の扉を開いた時、義嗣は脱衣所の格子窓の前にいた。 白襦袢のまま、背を向けて立ち、眼下の城下町を、腕を組んで見下ろしている。 「…義嗣様」 声を出したのは、背後の鈴貴だ。 息子は、とうてい、今、言葉を出せる状態にない。そう慮ってのことであった。 「…お待たせいたしました」 鈴貴は、すっ…と馬士太郎の前に、進み出る。 全てに踏ん切りを付けていた。息子の前でも、側室として、義嗣に仕える。 今の自分はそうするしか、ない。 馬士太郎のほうを、振り返り、鈴貴は諭すように、優しく言った。 「…馬士太郎。そちらへ」 鈴貴は、小姓が座しておくべき場所を示した。 馬士太郎は弱い目で母を見たが、やがて湯殿の入り口の端に移動し、膝を付いていく。 ゆっくりと格子窓から離れた義嗣が、脱衣所の中央へ歩いた。 その義嗣の傍へ、鈴貴はやや俯き加減に近づき、面前に正座すると、頭を下げる。 「…馬士太郎をお許し頂き、ありがとう存じます」 義嗣にとっては、終わったことだ。それに対して言葉を投げかけるつもりはない。 鈴貴は、ゆっくりと立ち上がると、義嗣の腰の帯に、手を掛けた。 「…お召し物を」 それだけ言うと、鈴貴は義嗣の帯を、解きはじめる。 ふぁさ…と義嗣の帯が緩んだ。 母の白い手が、男の襦袢から帯をほどいていく様を、馬士太郎は見ている。 優しい仕草の、美しい白い手であった。 解いた帯を、手際よくたたみ、木の蔓で編まれた籠へ仕舞い込む。 次に、母は、やや羞じらうような表情で、義嗣の襦袢に手を掛けた。 前をそっと開かせていく。たくましい胸板が現れた。 義嗣の背後に廻った母は、丁寧に、両方の腕から順番に襦袢を抜き取って脱がせていく。 義嗣は、白い褌だけを腰に巻いた姿になった。 (…母上) 馬士太郎は、喉の渇きを感じる。 ぼんやりとした思考が、また、じょじょに働き始めたかのようであった。 母は、いつもこうやって、義嗣を脱衣所で裸にしているのか。 母の手際が良いのは、それが、手馴れたいつもの作業であるからだろう。 そして、義嗣にとっても、この母の奉仕は、ありふれた日常なのだ。 母がまた義嗣の前に廻り、そしてゆっくりと膝を付いた。 白くしなやかな腕を、義嗣の褌へと伸ばし、指を掛ける。 (…母上) 馬士太郎が、母の背を、見つめるその目が、じょじょに大きく開かれていく。 母は膝をついたままで、義嗣の褌を丁寧に、解き始めた。 するする…とやはり手際よく、白い褌を取り去ろうとする。 時折、斜め後ろから、わずかに見える横顔が、薔薇色に、染まっている。 母は、羞恥している。 息子の前で、男を裸にしていくという行為に。 けれど、なぜ母の、その横顔から、屈辱や哀しみを、感じ取ることが出来ないのか。 やがて、褌が、はらり、と腰から落ちた。 母は、目を伏せた。そして、義嗣の褌を、太腿の上で、丁寧にたたんでいく。 羞ずかしそうに俯く母の背。 その前に、義嗣は、母を狂わせた浅黒く逞しい男根を、剥き出しにして立っている。 「すぐ、参ります…お先に、湯殿へ…」 鈴貴は、顔を上げようとはせずに、小さい声で、義嗣を促した。 愛するひとり息子に、何という姿を見られてしまっているのだろうか。 踏ん切りを付けたつもりでも、自分の浅ましさを感じないわけにはいかなかった。 「構わぬ」 義嗣が脱衣所ではじめて、言葉を投げた。鈴貴の肩が、ぴくんと動く。 「そちも脱げ」 「…」 鈴貴は、戸惑い、わずかに背後を伺い見る。 馬士太郎が、こちらを、凝視していた。 (馬士太郎) 見てはなりませぬ。外へ。そう言いたかった。 だが、義嗣が言わぬ限り、それは到底、叶わぬ望みである。 鈴貴は、微かな吐息を漏らすと、立ち上がった。 腰帯に、手を掛け、解いていく。 死んだ夫と馬士太郎と三人揃って、一度だけ、山中の温泉につかったことがあった。 親子三人での入浴など、滅多にないことである。 まだ六歳に満たなかった馬士太郎が、嬉しそうにはしゃぎまわっていた。 夫であった泰邦の背中を流し、鈴貴も夫に身体を流してもらった。 馬士太郎は嬉しそうにそれを見て、笑っていた。 そんな記憶が、不意によみがえり、鈴貴は狼狽する。 (…泰邦さま) 愛する夫と、息子の笑顔。何と明るい幸福だったことだろう。 だが、もう戻れない。鈴貴の身体も心も、今は義嗣のものだ。 女の幸福は、明るい日向の世界だけにあるのではない。 鈴貴はそのことを、義嗣に教わった。背徳の悦びを身体の隅々まで仕込まれて。 解いた帯を、ゆっくりと、床に落した。 それを、たたむことはしない。義嗣を待たせることになってしまうからだ。 そこで、はっと気付いた。 それはいつも、控えの小姓の者の役目であった。 自分が脱ぎ捨てた襦袢を、たたむのは、馬士太郎の役目だ。 そのことに思いつき、鈴貴は恥ずかしさに身体が震える。眩暈にすら襲われる。 情事の名残を残す襦袢を、息子に、整えられるのだ。 救いを求めるように、一度、義嗣を見る。 絶対者の目がこちらを、じっと見つめていた。 視線が絡む。強い雄の目だった。 腰に、じん…という甘い痺れを感じた。 従え、と義嗣の目は言っている。 どのような時も、どのような場所でも、儂に従え、と鈴貴の脳髄に囁き続けている。 (はい) 鈴貴は心の中で、返事をした。魅入られてしまっている。 襦袢の肩をするり、と脱ぐ。 白く透けるような肌が現れる。水をはじくような張りのある肌だ。 もう片方の肩からも、ゆっくりと着物をはだける。 すらりとした背。情事の後の床の中で、義嗣にその美しさを褒められた背筋だ。 その背筋を、今、馬士太郎は、見ているに違いない。 あとは、襦袢を離せば良かった。下には何も着けていない。 高く昇り始めた陽光が、格子窓から射し込み、脱衣所を明るく照らす。 引き締まった義嗣の裸身が目の前にある。ふと、その股間に目がいった。 陰毛の中から、逞しい男根が、生えていた。 かぁっと全身が燃えた。 (義嗣さま) 鈴貴は、ふわり…と襦袢を床に落とし、陽光の中に、真っ白な裸体を晒した。 (…母、上…) 馬士太郎は、そんな母の所作を、ただ、呆然と見ていた。 母の裸身を見た記憶は、馬士太郎にはうっすらとしか残っていない。 物心ついてからは、見たことがない。 その母が、今、父を殺した男の前で、全裸になっていた。 馬士太郎の側から見えるのは、義嗣の方を向いて立っている母の後姿だ。 うなじから背筋へずうっと伸びるくぼみが、あまりにも、艶やかだ。 母の腰は、見事にくびれている。その身体全体の線の美しさは、どうであろう。 女を知らぬ馬士太郎にも、その美しさが、本能的に分かる。 そして。 母は馬士太郎に、その豊満な尻を、無防備なまでに剥き出しにしていた。 母の、真っ白でむっちりと張り詰めた、白い尻が。 (…母上…!) 馬士太郎の、膝を握る手に、ぐっと自然に力がこもった。 自分の息が、なぜか荒くなる。下半身が、熱いように感じた。 思春期の馬士太郎を目覚めさせるのに、それは、十分すぎる刺激だった。 あの強く、凛としていた母が、いま、憎むべき男に、あられもない裸を晒している。 光の中で、息子の眼前に、その尻を晒すことも厭わずに。 尻から下へと、伸びる脚。 その脂に乗ったふとももは張り詰めて、ぴったりと閉ざされていた。 恥じらうように、閉じ合わせた肢が、時折、かすかに左右にくねっている。 (…きれいだ…) 馬士太郎は、状況を忘れて、思わず、そう心で呟いた。 そして、次の瞬間、この身体のすべてが (義嗣のものなのだ) そう思った。 その途端、胸の中が、熱い火ゴテを当てられたように、焼けた。 母はもう馬士太郎のものではない。 (母上は、義嗣のものなのだ) 馬士太郎は、憑かれたように、心の中で繰り返した。 |
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